ようこそゲストさん

とりねこの小枝

【エピローグ】ふかふかな朝★

2012/01/14 17:43 騎士と魔法使いの話十海
 
  • 拍手お礼短編の再録。四の姫を送り届けた翌朝の出来事。
 フロウの家は古い。

 先代店主のそのまた前のじい様が建てたって話だから、築百年は経ってるんじゃなかろうか? さすがに何度か手を加え、建て増しもしているらしい。
 石造りの基礎に木造の建物が乗っかったこの家には、廊下やドアで区切られた部屋が、入れ子細工みたいにきちっと詰まっている。その割には、部屋の一つ一つはかなりゆとりのある間取りになっているのだから、不思議だ。
 地下室や屋根裏部屋もあったりして、見た目より、ずっと広い。
 
 裏庭の納屋は半分が物置、半分が厩舎になっていて、昔は馬やロバを飼っていたらしい。
 今では黒専用。たまにちびも出入りしている。少し馬くさいのを我慢すれば、二階部分で寝泊まりすることもできる。

 要するに、部屋数はそれなりに余裕があるってことだ。
 だから俺が転がり込んだ最初の日、フロウは空き部屋の一つに俺を案内して「好きに使え」と言ってくれた。着替えとか、剣とか鎧、盾や本。かさばる荷物はそっちに置いている。実質置きっぱなしになっている物もけっこうある。

 だが、寝る時だけは別だ。
 
 フロウがよっぽど機嫌の悪い時とか、体調の悪い時以外は同じ部屋の、同じベッドの中で寝ている。
 と言っても毎晩せっせと励んでる訳じゃない。
 ヤるかヤらないかは、俺のやる気と、フロウのコンディション(それも体と気分両方の)次第だ。
 明け方近くまでがっつり裸で絡み合って、ひたすら息を荒くしてる時もある。
 その一方で、ただ寄り添って眠るだけの夜もある。
 互いの体温と息の音を間近に感じながら。

 フロウの使ってるベッドは、けっこうでかい。
 長さも幅も、余裕で大人が2人で寝転がれるくらいの大きさがある。何のためにこんなでかいのを使っているかは、敢えて聞くまい。
 とにもかくにも、おかげで2人で眠る時も。『寝る』時も、かなり余裕がある。
 背中向けるのも。互いに向かい合うのも自由だからだ。ひっつきたい時はひっつく。そうでない時は距離を置く。自由に選べる所が気楽でいい。
「うっとおしい」って蹴り出される確率も低くなるってもんだ。
 
 夜、フロウの方が先に寝ちまったり。
 あるいは朝、俺の方が先に目を覚ましたりした時は、運がいい。
 朝の光や月の光の中、心置きなくじっくりと、フロウの寝顔を眺めることができるからだ。

 ……こんな風に。

 小鳥のさえずりに、ふっと意識を取り戻す。
 秋が深まるごとにめっきり肌寒くなり、昨夜はしとしとと雨が降っていた。
 こんな日の明け方は、滅法冷え込む。ことに兵舎は石造りだ。すきま風が吹き込み、底冷えが厳しいの何のって。目を開けると同時に、ぴしっと寒さが切り付けてくる。
 寝ぼけた頭で無意識のうちに身構えていた。
 だが、今日は違った。

(……あったかい)

 腕の中に、ふわふわしたあったかいものが居た。
 ちびかな、と思ったがそれにしちゃ質量がありすぎる。
 そうだ、ここは兵舎じゃない。次第に意識がはっきりしてくる。うっすらと目を開けると……。

(フロウ?)

 何てこったい。腕の中でおっさんがすーすーと、無防備に可愛い寝顔をさらしていやがった。
 昨夜、寝た時はこんなに距離は近くなかった!

『ダイン』
『何だ』
『足、貸せ』
『はあ?』
『この歳になると、冷えが堪えるんだよ。お前さん、体温俺より高いだろ? 血の気が余ってるし……』
『そーかよ』

 むすっとしつつ、体を斜めにして。ごそごそと足だけフロウに寄せた。
 ちょこん、とぷっくりした足が乗っかって来た。確かにひやあっとした。

『おー、あったけぇ』
『血の気は余ってるからな』
『はは、若いっていいねえ』

 別にこっちは四六時中盛ってる訳じゃないってのに。どことなく予防線貼られたみたいで、ちょっぴりシャクだった。
 いっそこの場でのしかかって、一発ぶち込んでやろうか?
 物騒な考えがちらりと脳裏をかすめる。

(できるか、そんな事!) 

 嫌われるのは慣れている。そう言うものなんだって、受け入れてきた……今まで、ずっと。
 だけど、こいつにだけは嫌われたくない。嫌われるのが、怖い。
 フロウに出会ってから俺は、ほんの少し、欲張りになった。
 
 素直に言うことを聞いて、足だけくっつけて眠りに落ちたはずだったんだ。
 それなのに、今。フロウがぺたーっと体を寄せている。しかも、俺の胸に顔まで押し当ててる!
 寒かったんだろうなぁ。明け方は冷え込みが厳しかった。
 無意識にあったかい方、あったかい方へと体が転がってきて、こんな体勢になったんだろう。
 
 冷え込み万歳。
 秋冬、大好き!

 思わず知らず鼻息が荒くなり、ぷふっと髪の毛に吹きつけちまった。が、フロウは微動だにしない。
 無防備に寝てやがる。
 つやつやした肌合いが、朝の光の中にぼうっと霞んでる。淡い輝きすらまとっているように見える。
 意外にこいつ、睫毛が長くてふさふさして……くるんっと巻いてるんだよなあ。目、閉じてる時でなきゃ気付かないけど。
 いつもの人を小ばかにしたような表情が(それはそれで、やっぱり見ていてわくわくするんだが)、すっかり抜けちまってる。 寝てるんだから当然と言えば当然か。

 俺の体と、フロウの体。ひっついてる場所に2人分の体温が重なって、あったかい。そこから体の隅々まで、じんわりと温もりの波が広がってる。

 ふかふかして。すべすべして、あったかい。

 何だかとても幸せな気分になってくる。
 そろそろと腕を伸ばし、背中に触れる。薄い寝巻き越しに手のひらに、むっちり張り詰めた肉とすべすべした肌の存在が。体温が伝わってくる。

(撫でたら起きるかな)
(起きたら逃げちまうだろうな)

 ふわふわした枯れ草色の髪。顎をうっすら覆った同じ色のぽやぽやした無精ヒゲ。ふっくりと形のいい唇は、ほんの少し開いているように見えた。

「う……ん……」

 やばい。起こしたか?
 と思ったら、フロウの手が俺のシャツの胸元を掴んで……

「んー……」

 顔埋めて来やがったよ!
 寒かったらしい。

(うはあっ)

 夜、寝る時はボタンはほとんど留めない。締めつけるのが苦手だからだ。
 よって今、俺のシャツは襟元どころか胸まで開いてる。そこに、顔が当たってる。髪が。睫毛が当たってる。息が。唇が……。

(くすぐってえ……あったけぇ!)

 肌の表面に、ぞわわぁっと細かい泡が拭き出してきて、ぱちっと弾けたような心地がした。
 ああ、まったく、どうしてくれよう、この可愛い可愛いおっさんは。
 いっそこのまま朝一番、目覚めの一発やらかしたろか?

(……無理です。ごめんなさい)

 こんなに無防備に体、預けてこられたら、手ぇ出せる訳がない。
 ってことにしとこう。
 でないと、むっちむっちした太ももが潜り込んでる足の間で、にょっきりと余計な奴が目を覚ましちまう。
 
 ええい、こう言う時は、変な気を起こす前にもう一編、寝ちまうに限る!
 緩くフロウを抱え込んだまま、髪に顔を埋めて目を閉じた。

 ああ、あったかいな。
 ふかふかしてる。
 まるで羽毛の毛布だ………。
 太陽と、干し草と、花の香りがする。
  
     ※

「ん?」

 目を開けたら、体があったかい何かにすっぽりくるまれていた。
 布団にしちゃ、やけにがっちりしてる。

「あ」

 あったかいのも道理。がっちりしてるのも道理。ダインの腕の中にすっぽり抱え込まれていた。

 昨日の晩はやけに寒かった。夜明けの冷え込みもことのほか厳しくて、無意識にあったかい方、あったかい方へと潜り込んだ、ような記憶がかすかに残ってる。
 こいつ、俺より体温高いからなぁ……。
 人の髪の毛に顔なんかうずめて、すーすー寝息たててやがる。
 髪が吹き分けられて、くすぐったい。

 気持ちよさそうだねえ、ダインくん?
 まあ、ぱっと見た所脱がされても弄られてもいないようだから良しとしとこう。
 目の前には、無防備にはだけたシャツ。さらにそのすき間からのぞく、ばいーんっと張り詰めた大層立派な筋肉。
 これはこれで、なかなかにいい眺めと言えなくもない。

 実際、くっついてるとあったかいしな。

 それにしても、ぐっすり寝てやがるなー! これだけ無防備だと、つい悪戯の一つ二つ仕掛けてやりたくなってくる。
 そろーっとシャツをはだけた。
 鍛えられて、いい感じに盛り上がった胸板に顔を寄せる。
 キスマークの一つでも付けてやろうか。それとも歯形のが楽しいか?
 にやにやしながら、すはすはと短い呼吸を繰り返す。

「う……んん」

 もぞり、とダインが身じろぎした。
 くすぐったかったらしい。
 その拍子に、ぷらんっと目の前に光るものが降りてきた。楕円形の、銀のロケット。育て親から選別にもらったとかで、いつも肌身離さず身に付けている。素っ裸になった時も、これだけは外さない。
 見た所、質は良さげだが、これといった魔力が付与されてる訳でもない。表面はつるりと滑らかで、つる草模様のレリーフが施されているが、それだけだ。
 それなりの値打ちの、それなりの宝飾品。
 蓋の内側には肖像画とか、髪の一房を収めるための小さな空間が開いている。遠く離れた人を偲ぶための、至極ありふれた代物。
 
 その蓋が。
 どうした弾みか、あるいは留め金がきっちりはまっていなかったのか。目の前でぱかっと開いちまった。

(あ)

 この距離では、逃げようがない。
 いやでも中味が目に入ってしまう。別にこいつは隠してる訳じゃないし、前にも見たことがある。
 収められているのは、少女の肖像画。ゆるく波打つ金の髪、瞳は矢車菊の花の青。
 彼女の名前はアイリス。ダインが子供のころに亡くなった、6つ年上の姉だと聞いている。
 改めて見てみると、さすがに姉と弟だ。男女の違いはあるが、似ている。
 まっすぐ前を見つめた瞳。きりっと結ばれた口元。見るからに意志の強そうな顔立ちをしてる。
 
『姉上は、俺と同じ瞳を持っていたんだ。右と左、両方……元の色が青かったから、まるで満天の星空みたいに見えた』

 そう話すダインの顔は何とも楽しげで、うっとりとしていた。

『こんな風に姉上の話ができるのも、お前のおかげだよ、フロウ』

 あー、くそ、思い出したらやたらとむず痒くなってきた! 
 もぞり、と手伸ばし、ロケットを閉めようとすると。

「あん?」

 蓋の部分にかすかな厚みが増えていた。目をこらすと……何てこったい。
 透明な樹脂で固めた、ラベンダーの花が一輪。ロケットの蓋にはめ込まれていた。
 かすかに。ほんのかすかに、魔力の痕跡が残っている。それも他ならぬ俺自身のだ。
 意味することはただ一つ。俺が、術の触媒に使った花だってことだ!

 いつの間に、拾っていたのだろう?
 ってか、何だって後生大事に身につけてやがる!

 一瞬、たたき起こして問いただしてやろうか、とも思ったが……。

「ん……」

 すぐそばで聞こえるダインの鼓動は、あまりに穏やかで。肌から立ち上る熱は、風呂に浸かってるみたいに心地いい。
 こんな気持ちのいい状態を、わざわざ中断する事もないだろ。
 指先にほんの少し力を入れ、ぱちり、とロケットを閉じた。
 ついでに、自分の瞼も。
 
     ※
 
 にじり、よじり、とちびが忍び寄る。
 足音もなく静かに、密やかに。 
 ちびは『とりねこ』だ。猫に似ているけど、鳥にも似ている。
 だから、眠る時はもっぱら高い所が好きだった。
 戸棚の上や天井の梁の上にふっかふかの毛布とクッションを集めて敷き詰めて、ちゃっかり自分用の『巣』を作っていた。

 いつもはそこで眠るのだが、今朝はちょっぴり寒かった。
 こう言う時は、どうする?
 目を覚ますなり、ちびは本能に従った。ちょこまかと廊下を歩き、ぱさっと羽根を広げて、ノブに飛びつく。

 きぃいい……

 扉が開いた。ほんの少し、すき間があれば充分だった。
 大きな大きなベッドからは、大好きな『とーちゃん』と『ふろう』のにおいがする。
 ぴょん、と飛び乗り、掛け布団のすき間から潜り込む。
 絡み合ってる足の間をもぞもぞっと這い登り、ずぼっと顔を出した。

「ぴゃあああ!」
「わ」
「お?」

 成功! とーちゃんも、ふろうも、目をまんまるにして見てる。

「………おはよう」
「おはようさん」
「ぴぃ!」

 ダインとフロウの真ん中で、ちびは得意げに胸を張る。

「……起きるか」
「うん」

 そして、時間が動き出す。
 誰かと一緒だからあったかい。一緒だから心地よい。そんな、ふかふかな朝。

(エピローグ:ふかふかな朝/了)

次へ→【8】蜂鳥よりも軽やかに
    web拍手 by FC2

名前:  非公開コメント