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とりねこの小枝

【おまけ】エミルのお料理教室2

2012/05/15 0:38 騎士と魔法使いの話十海
 
「……どう、師匠」

 薬草店の台所で、ニコラが緊張した面持ちでフロウを見上げた。
 教わったルバーブのパイを、さっそく作ってみたのだ。その間、フロウは見守るだけ。何度かひやひやする局面もあったが、あくまで見守るだけ。

 皿にとりわけた一切れのパイは、あらかじめ少し冷ましてあった。フロウが猫舌だからだ。
 それを、さらにふーふーと冷ましてから、ぱくりと口に入れる。

「ん……初めて一人で作ったにしちゃ、上出来だな」
「やったぁ!」
「でもよお、ニコラ……これは……いくらなんでも……」

 味は悪くない。生地も上手い具合に混ざっていて、こんがりいい感じに焼き上がっていた。
 だが、この大きさはどうなのか。

「多い」
「えー授業で教わった通りに作ったのに……」
「どう見たってこれ、お茶会用とかの5人か6人分ある分量だぞ」

 おそらく授業では5~6名のグループで一皿のパイを作ったのだろう。その分量そのままで作ったものだから……ルバーブのパイが、巨大なパイ皿にぎっしりこんもり山盛りに。

『エミリオの奴、またずいぶんとダイナミックな指導したもんだなあ……』

 若い男ならともかく、さすがに中年の胃袋にはいささかきつい。

「6人分食えと」
「しまった、それ考えてなかった」
「んぴゃ!」

 フロウは苦笑して、肩に飛び乗ってきた猫を撫でた。

「ま、ちびがたらふく食うから大丈夫だろうけどな」
「ぴゃあ」
「余ったらダインに食わせりゃいいし」
「ぴぃ」

 噂をすれば影とやら、ちょうど店のドアが開いてのっそりと、背の高い人影が入ってきた。

「あ、ダイン来た」
「ただ今!」

 金髪混じりの褐色の髪、緑の瞳のがっちりした体つきの青年は、ひくひくと鼻を蠢かせて空気のにおいをかぎ、柔和な顔をほころばせた。

「美味そうなにおいだな!」

     ※

 ちょうどその頃。エミリオも大量のパイを前に冷汗をかいていた。
 お盆に山盛りになったルバーブのパイを、ささげ持っているのは他ならぬシャル。女神のごとき丹精な顔いっぱいに、あどけない笑みを浮かべている。

「魔法学院の生徒さんたちが、差し入れてくれたんだ」

 この展開、予測すべきだった。
 銀髪の騎士様は、魔法学院の女生徒たちにたいへん人気があったのだ。

「うん……いいんじゃないかな。美味しいものを食べると、幸せになれるしね」
「だよね! あ、ロベルト隊長や隊のみんなにもおすそ分けしてきたよ!」

 おすそ分けしてもこの量なのか。
『分量通り』に作るのが大事だと教えた。
 けれどまさか、素直に生徒の一人一人が実習で教えた分量で焼いて来るとは……。

(次からは、もっと小分けにしよう)

 心に決めるエミリオだった。

「こっちはダイン先輩にとっておこうっと」

 特大の一切れを取り分けるシャルに、思わずエミリオは目を丸くした。

「え、そんなに?」
「うん。先輩、ちびさんの分も食べるから」
「あ、そっか使い魔の維持に必要なのか」
「美味しいもの食べると、すごく嬉しそうな顔するしね!」

 確かに事実なのだけれど。
 ルバーブは食べ過ぎるとお腹がゆるくなります。くれぐれもご用心。

(エミルのお料理教室/了)

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