▼ 【おまけ】ちびの思い出
2012/10/11 18:34 【騎士と魔法使いの話】
- 拍手お礼用短編の再録。
- ちびはどこから来たのか。誰に言葉を教わったのか?
- 電子書籍版「とりねこ」とサイト連載版を繋ぐちょっぴり切ないお話。
ちびにはとーちゃんが三匹居る。
羽根のあるとーちゃんが一匹と、羽根のないとーちゃんが二匹。
あったかい穴の中、ふかふかのかーちゃんのお腹に抱かれて、ふにゃふにゃしてたのが最初の記憶。
一緒にころころしていた兄弟が三匹いた。ちびを入れて全部で四匹。にごにごじゃれて、かーちゃんのおっぱいを飲んですくすく育った。でっかいとーちゃんの背中によじのぼって、広い広い翼の上をころんころん転がって遊んだ。
ちょっと大きくなって顎も翼も足もしっかりしてきた頃、巣穴から出て飛び方を教わった。
風に乗って、しっとりした空気の中を飛ぶのが楽しくて、夢中になっていると不思議な物を見つけた。
ゆらゆらと、虹色にゆらめく空気の動き。虹が濃くなると、見たことのない森や草原が見える。
「ぴぃ?」
とことこと近づいてみると、あら素敵。虹の中をひらひらと蝶々が飛んでいる。
「ぴゃ!」
たまらず目を輝かせ、狙いすました前足で一撃。ぱしっとやろうとしたその瞬間、押し寄せてきた見えない流れに飲み込まれ、あっと言う間に流された。
「ぴゃーーーーーーーーーっ!」
「びぃーやああ! びやああ、びやあああああっ」
必死で呼びかけるとーちゃんとかーちゃんの声がどんどん遠くなる。
ぐるぐる回ってもみくちゃにされて、ぽいっと放り出されたのはさらさらに乾いた寒い場所だった。
くん、くんと嗅ぎ回る。何だろう、全然においが違う。
「ぴ。ぴ、ぴー?」
呼んでも鳴いても答える声はない。太陽はどんどん暗くなり、空気がしんしんと冷えて行く。
お腹がすいて、すいて、手足の先が冷たい。
「ぴぃ……ぴぃ、ぴぃい……」
力尽きてうずくまり、うとうとと眠りかけていると。
「どうしたんだい、おちびちゃん?」
不意にあったかい手に抱きあげられた。それが最初の『羽根のないとーちゃん』との出会いだった。
とーちゃんは旅の音楽家。細くて長い指で優しく撫でて、歌を教えてくれた。
※
旅の楽師と翼の生えた子猫はいつも一緒。毛布も食べ物も分けあって、バイオリンに合わせて一緒に歌った。
寒い夜も、ぴったりと寄り添っていればあったかい。子猫は楽師の声を聞き、歌を聴いて言葉を覚える。
もぐもぐと口を動かし、何度も何度もごにょごにょつぶやいて、ついに『とーちゃん』と呼びかけた時。楽師の目にあたたかな涙がにじんだ。
いとけない声で歌う、翼の生えた子猫はあちこちで評判になり、楽師は今までよりずっと楽な暮らしができるようになった。
「これもお前のおかげだな」
「ぴゃっ、とーちゃん!」
「よしよし、いい子だ、ちび。いい子だ」
売ってくれと持ちかける者も居たけれど、楽師はがんとして首を縦に振らなかった。
「こいつぁね、俺の家族なんです。我が子も同然なんです。金で売るなんてとんでもない」
おだてられても脅されても、決してうんと言わなかった。
欲深な者は諦めずに策略を巡らせる。
薄ら寒い秋の夕暮れ、人気の無い峠道。楽師の乗った駅馬車を、黒装束の山賊一味が取り囲む。
「騒ぐな、金と荷物をよこせ」
「命だけは助けてやらぁ」
山賊の首領は黒いヒゲをたくわえたクマのような大男だった。ぎらつく刃に囲まれて、御者もお客も震え上がって荷物と財布を差し出した。楽師もまた惜しげもなく財布も、バイオリンも差し出したがただ一つ、子猫を隠した袋だけは手放さない。
それこそが山賊どもの目的だったのだ!
「よこせ!」
「だめだ、返せ!」
取りすがる楽師の咽を、山賊は無慈悲にも一刀のもとに掻き切った。真っ赤な血が飛び散り、楽師は子猫を呼ぶことさえ叶わず息絶えた。
※
「とーちゃん……とーちゃーん!」
袋の中で子猫は鳴き続ける。
お腹がすいた。寒いよ、暗いよ。さみしいよ。
とーちゃん。とーちゃん。名前よんで。頭なでて。抱っこして。一緒に歌おうよ。
とーちゃん。
とーちゃん……。
疲れ果てて眠っていると、とーちゃんの気配を感じた。においも声もしないけど、確かにとーちゃんがいるってわかった。
『ちび。大丈夫だよ。もう心配ないよ』
「とーちゃーん」
『とーちゃんは遠くに行かなきゃいけないけど、お前を助けてくれる人を呼んだからね』
「とーちゃん?」
何で遠くに行っちゃうの? やだよ、とーちゃん。一緒にいてよ!
「とーちゃーん」
「大丈夫か。助けに来たぞ!」
ばさっと袋の口が開かれる。目の前に、見たことのない人が居た。
おっきくて、もさもさの髪の毛をしていて、緑色の目をしていた。
『この人が今日から、お前のとーちゃんだ』
「とーちゃん!」
赤い口をかぱっと開けて、おっきな胸に飛び込んだ。しっかりと受け止めてくれた。
「えっ?」
あったかい。
「お前、鳥か? 猫か?」
「ぴゃあ」
「……両方、か」
これが、二匹目の『羽根のないとーちゃん』との出会いだった。
※
そして今。
ちびはとーちゃんと、フロウと一緒に居る。しっかりした屋根の下、薬草香る古い家で暮らしている。もう寒さやひもじさに震える事もない。
野山を歩き、橋を渡り、町から町へ。うたた寝の夢の中、ちびは『とーちゃん』と旅をする。
翼を広げてくるくる飛び回り、いとけない声でバイオリンの音色をなぞる。
「ぴぃうぅ、うるぴぃいいぅ」
「……どうした、ちび公?」
フロウが顎の下を撫でてくれる。うっとり目を細めて咽をごろごろ鳴らす。
「どうした、フロウ?」
「こいつ、今歌ってた」
「え?」
「うん。確かに歌ってたよ」
「いつ覚えたんだろうな?」
旅暮らしの日々つれづれ、『とーちゃん』と一緒に歌った歌は、今も確かに、思い出の中に。
(ちびの思い出/了)
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