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ローゼンベルク家の食卓

カボチャとサクヤちゃん

2013/01/13 3:01 短編十海
 
 10月も終わりに近い土曜日の午後。
 結城サクヤが伯父の羊治に連れられて占い喫茶「エンブレイス」を訪れると、大量の『笑顔』に出迎えられた。
 オレンジ色のカボチャがごろりんごろん。
 丸や三角の目をくりぬいて、ぎざぎざの口で笑っている。

「わーカボチャがいっぱい……」

 しげしげと眺めている所に、天井からばさばさっと黒い翼が舞い降りる。烏のクロウだ。

「いぇーい、さっくーや! はっぴーはろうぃーん!」

 相変わらずテンションが高い。しかも英語の発音は完璧だ。(どこで覚えたんだろう)

「え、はろういん? スヌーピーのアニメでやってた、あれ?」
 
 結城サクヤは神社の子だ。洋風のイベントにはあまり馴染みがない。時に1995年、日本ではまだそれほどハロウィンが定着していなかった。
 ハロウィン限定パッケージのお菓子がスーパーやコンビニで普通に売られるようになるのは、まだまだ先の事だったのだ。

「おう、サクヤ。来てたのか」

 カウンターの奥から裕二さんが出て来る。お店のオーナー、藤野先生のお孫さん。てっきり高校生だと思ってたら、実は大人の人だった。手にはオレンジ色のカボチャを持っている。ちょうどでき上がったばかりなんだろう。目や口の切り口が新しい。

「こんにちは、裕二さん。それ、ハロウィンのカボチャ?」
「ああ」
「これ、何に使うの?」

 スヌーピーのアニメではそこまで詳しく出てなかった。ただカボチャをくりぬいて顔を作るだけとしか知らなかったのだ。

「こうやって中味をくりぬいて、ロウソクを入れるんだ」

 そう言って裕二さんはカボチャの提灯を隅のテーブルに運び、窓のカーテンを閉めた。日の光が遮られ、そのテーブルの周りだけがほんのり薄暗くなる。

「見てろ」

 取り出されたのは、銀色の円筒形の器に入った平べったいロウソク。アロマポット用のキャンドルだ。そーっとカボチャの中に入れて、火をつける。

「あ」

 カボチャの目と口がぽやあっとオレンジ色に光ってる!

「ほい、カボチャのランタン……ジャック・オ・ランタンのできあがりっと」
「わあ、すごい!」
「元はカブだったらしいが、カボチャの方が皮があるし細工しやすいからな」
「提灯みたいだね」
「ははっ、そうだな。日本で言うとお盆に当たる行事だしな」
「………じゃあ、これ持ってお墓参りに行くの?」

 お墓にずらあっとカボチャのランタンが並んでいる所を想像する。ちょっと、怖い。

「いや、これは魔除けだよ」
「魔除け?」
「うん。昔のヨーロッパの暦では、一年は10月31日でおしまい。11月1日からは新しい年が始まっていたんだ」
「早いね」
「丁度、季節が切り替わる時期だからな。特に北の方では11月になると日の出がどんどん遅くなって、その分、日の入りが早くなる。昼の時間が短くなって、気温も下がる。湖もカチコチに凍っちまう」

 想像して、サクヤはぶるっと身震いした。日本の暦ではまだ霜が降りるかどうかと言う時期なのに。北ヨーロッパではもう、湖が凍るほど寒いのだ。

「一年の終わりの夜は、あの世とこの世の境目が無くなって。死者の霊や魔物がこの世にやって来るって信じられてたんだな」
「ほんとだ、お盆に似てるね」

 裕二さんは頷いた。

「死者の霊の中には懐かしい祖先もいるけれど、恐ろしい悪霊もいる。だから、おっかない顔を作って魔除けの火を灯したり。自分達もお化けの格好をして身を守ろう……ってのがメインさね」
「何でお化けの格好をするの?」
「悪霊や魔物に会っても、仲間だと思わせるためさね。まあ、元々はケルトの収穫祭なんだけどな」
「ふうん……ハロウィンって、ちょっと怖い日なんだね。あ、でも仮装は楽しそうだな」
「ま、ここは日本だ、楽しく仮装して、お菓子もらって遊べば良いのさ」
「それ……やったことない」
「おや、そうなのかい」
「うち、洋風のイベントはあまりやらないから。ちょうど七五三の準備で忙しい時期だし」

 今ごろ、家では母と伯母さんがエンジン全開で千歳あめの袋詰めをしているはずだ。
 伯父さんもこの後、家に帰ったら、千歳あめとお札のご祈祷ラッシュが待っている。

 サクヤの説明に頷きながら、裕二は思った。
 そんな忙しい中、わざわざ結城神社の宮司さんはここに来た。娘さんがアメリカに留学して以来、めっきり口数の少なくなった甥っ子を連れて。

『サクヤちゃんね、ほとんど家族以外とは話そうとしなかったんですって』

 祖母の言葉を思い出す。

『うちのお店に来て、あなたや私と話すようになって皆さん喜んでるわ。すごい進歩だって』

「サクヤ、ちょっと目、つぶってろ」
「うん」
「待ってろよー。まだだぞーまだー」

 カウンターの奥からごそごそと、かねて用意したある物を引っ張り出す。

「ようし、動くなよ?」
「う、うん」
 
 素直に目を閉じたサクヤの肩にそろっと黒いマントを羽織らせて、同じく黒のとんがり帽子を頭に乗せる。

「ほい、できあがり。目、開けていいぞ」

 ぱちっと目を開けて、サクヤはぽかーんっと口を開けた。
 肩を覆う黒いマントに。次いで頭の上の帽子を手で触って確かめる。

「こ、これって、もしかして……」

 魔法使いの帽子だ。魔法使いのマントだ!

「ハロウィンの、仮装?」

 ほわほわっとサクヤの頬に薄いピンクが広がる。

「ふふっ、ただの仮装じゃねぇぞ? 本物の『魔女(ウィッカ)の衣装』だからな」
「本物? 本物なの、これっ」
「おう、つっても作ったのは婆ちゃんじゃなくて俺だけどな……魔除けの印を入れてあるだけの、仮装に毛が生えた程度の代物さね」

 サクヤはぺろっとマントの裾を持ち上げた。黒地に銀色の糸でうねうねと、草を編んだような(何となく植物だなって感じたのだ)模様が刺繍されている。
 さらに胸元には、ハートとスペード、ダイヤとクラブ。左右対称に二つずつ、トランプのマークのアップリケが縫い付けられていた。

 刺繍とアップリケからは穏やかで、清々しい気配が伝わって来る。しんとした夜の空気を感じた。全てを青く染める月の光にも似た穏やかな気配が自分を包み込み、守ってくれるのを感じた。

「ほわあああ、すごい……」

 サクヤのほっぺは今やリンゴのように真っ赤っか。瞳はまん丸く見開かれ、潤み、きらきら輝いている。

「サクヤ、『トリックオアトリート』っつってみな?」
「とりっくおあとりーと?」

 首をかしげながら裕二さんの言葉をマネしてみる。

「おぉっと。お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうってか?」

 裕二さんは大げさに目を見開き、ぎょっとした顔でのけ反った。

「悪戯されちゃあ敵わなねぇ、ほれ、もっていきな?」

 ひょい、とオレンジの丸いものが手のひらに乗せられる。プラスチックでできた小さなカボチャのランタン。中には、クッキーやキャンディが詰まってる。

「…………っ」

 同じだ。スヌーピーと同じだ!
 嬉しさのあまり、サクヤはぷるぷるぷる震えた。言葉も無く、無表情で立ち尽くす。
 嬉しい気持ちが強すぎて、顔から表情がすっ飛んでしまったのだ。

「おい、サクヤ?」

 名前を呼ばれて、すっ飛んだ喜びと感激がぐるっと一周回って戻って来る。目元が緩み、唇がほどけ、サクヤはほわあっとほほ笑んだ。

「こんなの始めて……ありがとう」
「ん、どーいたしまして」

(たったこれだけの事なのに、んーなに楽しそうな顔しちまってまあ)

 見守る裕二の視界がいきなり、ばささっと黒い翼で遮られる。

「っかーっ! とりっくおあとりーと! とりっくおあとりーとーっ」
「ええい、うるさいっ!」

 顔面に張り付くクロウをべりっとひっぺがし、ぽいっと空中に投げ捨てる。

「かーあ、かーあ、とりっくおあとりーとー! お菓子くれなきゃ悪戯するぞー」
「そら、持ってけ!」

 ぶんっと投げつけたパンプキンクッキーを、クロウは器用にくちばしでキャッチ。途端に静かになってテーブルの上に舞い降り、かつこつ砕いて飲み込んだ。

 くすくす笑いながら、サクヤは裕二を見上げた。

「ね、裕二さん、写真とっていいかな」
「ああ、それ、やるから持って帰って良いぜ? 写真も好きなだけどうぞ」
「いいのっ?」
「ああ」

(そのために準備したんだしな?)

「あ……あ……ありがとうっゆーじさんありがとう! すっごくうれしい!」
「どういたしまして」
 
    ※
 
 神社に戻って、魔女のとんがり帽子とマントを見せると、母と伯母さんは口をそろえてさえずった。

「着て、着て、サクヤちゃん」
「見せて! 見たい、すごく見たい!」
「う、うん」

 マントを羽織って帽子を被って、ふっと顔を見上げたら伯母さんの腕には、神社の飼い猫おはぎさんが……全身真っ黒な猫が抱かれていた。

「さあ、サクヤちゃん。おはぎさんを抱っこして」
「う、うん」
「はい、カボチャのランタンも持って」
「うん」

 おはぎさんを抱っこして、裕二さんからもらったカボチャのランタンを手に下げると母に呼ばれた。

「サクヤちゃーん、こっち向いてー」

 いつ持ってきたんだろう。しっかりカメラが構えられていた。

「はい、チーズ!」

 その日の夕方。結城神社の宮司、結城羊治が千歳あめの祈祷を終えて戻って来ると………。

「はーい、サクヤちゃんこっち見てー」
「いいねー、そのポーズいいねー」
「はい笑ってー」
「それじゃ今度はほうき持ってみよっか!」

 茶の間がグラビアの撮影会場と化していたと言う。 

     ※

 この時の写真は翌日、速攻で現像され、サンフランシスコの羊子に宛てて郵送された。
 羊子の元に写真が届くのと同じ頃、結城神社の郵便受けにもコトリと、アメリカから分厚い封筒が届いた。

「あれ?」
「あれれ?」

 海を越え国境を越え、時差を越え、ほぼ同時に写真を見たサクヤとヨーコは首を傾げずにはいられなかった。
 届いたのも。送ったのも、どちらも『黒猫を連れたハロウィンの魔女』だったからだ。
 ただし、ヨーコの隣の黒猫は眼鏡をかけて、ふてくされていたけれど。

(カボチャとサクヤちゃん/了)

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