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ローゼンベルク家の食卓

★うたたね

2008/03/11 5:21 短編十海
 ロスからの出張の帰り道。

 飛行機が水平飛行に入ってまもなく。ディフが小さくあくびをした。少しうるんだ目をしばたかせて、眠そうな声でささやいてくる。

「少し、眠っても……いいかな」

 レオンはほほ笑み、うなずいた。
 さすがに疲れたのだろう。ほぼ不眠不休で調査をして、朝一番で証拠品を持ってロスまで飛んできたのだ。

 おかげで裁判はペリー・メイスンのTVドラマさながらにさくさくと決着し、帰りは二人一緒の便に乗ることができた。

「いいよ。着いたら起こしてあげよう」
「ありがとう。おやすみ」

 しばらくすると、すやすやとおだやかな寝息が聞こえてくる。と思ったら、まもなく右の肩にぽふっと温かいものが寄りかかって来た。

 もう眠ったのか。

 ちらりと横を見て、一瞬レオンは硬直した。

 肩にこてんと頭を預けて眠っている。それは、いい。何ら問題はない。

 しかし……これは……。

 普段はラフな服装の多いディフだが、レオンと出かける際にはそれなりにきちんとした服を着るようになっていた。

 今回のように法廷に顔を出す時はなおさらだ。
 従って今も、それなりに仕立てのよいスーツを身につけている。濃いめのグレイのスーツに警官時代の制服を思わせる紺色のシャツ。タイもベストも着けず、ボタンは上一つだけ開けている。

 肩甲骨のあたりまで伸ばした赤毛もきちんと一つに束ねられている。

 いささかカジュアルな印象を残してはいるが、申し分のない服装と言っていい。

 そのはずなんだが。

 意識の束縛から解放された手足が。
 肩から背中、腰にかけて描き出されたゆるやかなラインが。
 束ねた髪の下からのぞく首筋が。

 文字通り『判事の目の前に出てもおかしくない』くらいきちんと服を着ているはずなのに、妙に艶かしくて……目のやり場に困る。

 愛を交わした後、一糸まとわぬ姿でシーツに包まって添い寝している時と同じ空気を醸し出しているのだ。
 ストレートの男女ならほとんど気づくまいが、ゲイの男への吸引力たるや、いかばかりのものか……想像に難くない。

 まったくこの子は、相変わらずと言うか……しょうがないなあ。

 さりげなく機内を見回す。
 既にちらちらと何気ない風を装いつつ、彼に視線を向けている男が何人かいた。

 シスコ行きの便だ、さもありなん。
 さて、どうしたものか。
 
 すっかり安心しきって身を預け、すやすや寝息を立てている『可愛い人』を起こすにはしのびない。
 さりとてこんな姿を他の男の目に晒すのは……我慢できない。あと一秒だってお断りだ。

 速やかにボタンを押し、キャビンアテンダントを呼び寄せた。

「すまないが毛布を持ってきてもらえるかな」
「はい、かしこまりました……どうぞ」
「ありがとう」

 ぱふっと毛布を被せ、首から下を隠した。

「ん……」

 目を閉じたまま、小さな声を出すとディフはきゅっと袖をつかんできた。

 手をにぎる。

 毛布の下で、そっと。

 すぐににぎり返してきた。

 ……あたたかい。元々、ディフは体温が高いのだから当然なのだが、こんな時は子どものように思えてしまう。

(もっとも、子どもならこんな風に無防備に色気をふりまくこともないだろうが)

 さて、シスコに着くまでの間、右手は使えないな。
 どうしたものか。

 ディフの顔にふっと、かすかな笑みが浮かぶ。よほど楽しい夢を見ているのだろうか。握り合わせた手に力が入れられる。

 離すなよ、とでも言わんばかりに。
 
 ……そうだな。このままでも問題はない。
 君の寝顔を眺めていればすぐに着いてしまうだろうから。


(うたたね/了)
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