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ローゼンベルク家の食卓

【side6】ラブワイフ・ランチ

2008/06/29 2:02 番外十海
 
 昨日の夜、ヒウェルとディフがこんな会話をしていた。

「なあ。やっぱお前さ、新婚さんのお約束なんかやってたりする訳?」
「お約束?」
「うん。弁当のおかず、ハート形にしたり」
「ば、ばかっ、だ、だれがそんな、こっぱずかしいこと」
「あと、あれだな、エプロンを…………すまん、言い過ぎた」

 ディフは顔を真っ赤にしながらヒウェルをにらみつけていた。
 
 ※ ※ ※ ※

 次の日、朝ごはんを作る手伝いをしに行こうと『本宅』(俺とオティアが隣の部屋に引っ越して以来、なんとなくレオンの部屋をそう呼ぶようになっていた)に行くと。
 肉の焼けるにおいがキッチンに漂っている。
 入って行くと、ディフが半袖の黒いTシャツとジーンズの上からエプロンを着けて、髪の毛を一つにくくっていそいそとオーブンを開けていた。

「あれ……ミートローフ焼いたの? 珍しいね、朝から」
「ああ。弁当のおかずに、な。今日はレオンも中で昼飯食うそうだから」
「じゃあ、四人分?」

 キッチンカウンターの上にはランチボックスが四つ並んでる。
 小さめの青いのはオティアの。同じ大きさのクリーム色のは俺の。
 大きめの二つはレオンとディフのだ。色は青紫と明るいオレンジ。
 そして、紙製のランチボックスがもう一つ。

「あれ? 一つ多いよ?」
「ああ。警察の後輩に差し入れしてやろうと思ってな。ロクなもん食ってないし…………」

 オーブンからミートローフを取り出しながら、ディフは目を伏せた。ちょっとだけ。

「世話んなったからな」
「ん。じゃあ、俺も手伝うね」
「ありがとう」

 何がいいかな。
 時間が経っても美味しいものがいいよね。
 冷蔵庫を確認する。
 作り置きして冷凍しておいた春巻きがあった。それから……エビ。
 よし、エビチリにしよう。ほんとは今日の夕飯に使おうと思ったんだけど、お昼に食べてもいいよね。

 あとはブロッコリーを茹でて。

「主食はどうする? ライス? パン?」
「そうだな……………ロールパンがあるから、これでサンドイッチにするか?」
「うん!」

 最初のうち、ディフの作るサンドイッチは大きくて、どっしりしていて、俺もオティアも食べるのがちょっと大変だった。だからこのごろはロールパンを使ったり、あらかじめ小さく切り分けたりしてくれる。
 レタスをちぎって、キュウリとトマト、茹で卵を薄くスライス。
 おかずにミートローフが入ってるから、サンドイッチの具は野菜を多めに入れて。デザートはちっちゃめのリンゴを一つずつ。
 俺とオティアのは半分ずつ。

 作っていると、レオンが起きて来る気配がした。

「すまん、ちょっと任せていいか?」
「……ん」

 ディフがいそいそとリビングに歩いて行く。いつもより早く、レオンを起こさないようにそっと抜け出したんだろう。きっと改めて『おはよう』の挨拶をしに行くんだ。たぶん……キスも。

 新婚さんだものね。
 昨日のヒウェルの言葉が、ふっと頭に浮かんだ。

『弁当のおかず、ハート形にしたり』

 ちらっと手元のお弁当を見る。
 レオンの分も、いつもと同じ。これじゃ、ちょっとさみしいよね。ちょっと考えてからキッチンナイフに手を伸ばした。


 ※ ※ ※ ※


「あれ、もう詰め終わったのか」
「うん、終わった」
「手早いな。助かったよ。サンキュ、シエン」
「ん」

 笑顔で答えながら、手早くキッチンナイフを洗って片付けた。


 ※ ※ ※ ※


 その日、ジーノ&ローゼンベルク法律事務所のオフィスでは、三人の弁護士のうち二人がオフィスで昼食をとっていた。
 本来、三人とも外で食べることの方が多いのだが、この日は珍しくレオンとデイビットは事務所にいる時間が長かったのだ。

 それぞれ持参したランチボックスを机の上に乗せて、開ける。

 開けた瞬間、レオンの時間が止まった。

「………………………………………………」

 ロールパンを縦に割った、こぶりのサンドイッチが3つ。後は小さな耐水性のボックスに入ったおかずがぎっしり。
 エビのチリソース煮、春巻き、ミートローフ、茹でたブロッコリーにニンジン、マッシュポテト。

 ただし………ミートローフがハート形になっている。

「どうした、レオン。やぁ、今日は愛妻弁当かい!」

 よせばいいのにデイビットがのこのこと近づいて、ひょいと弁当箱をのぞきこんだ。

「このハートがいいね。実に初々しい」

 言うまでもないが彼自身の愛妻弁当にもハートが咲き乱れていた。おかずのニンジン、サンドイッチのジャム、デザートのゼリー、それこそありとあらゆる場所に。
 一方、レオンはハート形のミートローフを凝視したまま動かない。ディビットの言葉はするすると、右の耳から左の耳へと素通りしてゆく。

 ぱっと見表情はいつもと変わらずおだやかに、眉一つさえ動かさず。その実彼は軽〜く動揺していた。

 何故、これが今、ここにあるのか?
 この弁当を渡してくれたのはディフだ。彼が自分で包んで、今朝、出がけに渡してくれた。頬へのキスと一緒に。
 つまり、最後にこれに触れたのはディフだ。
 しかし、彼がこんな事をするだろうか?

 ミートローフの端をフォークで切り取り、口に運んでみる。
 ………いつもの味だ。

 やはり、ディフがやったのだろうか。
 めまぐるしく思考を巡らせるレオンを、デイビットが温かな……いや、熱いまなざしで(彼の視線はいつでも熱いのだ)見守っていた。


 ※ ※ ※ ※


 その夜。帰宅したレオンはまず、出迎えた新妻を抱きしめて濃厚な口づけを交わし……それから空になったランチボックスを手渡した。

「美味かったか、弁当」
「ああ、うん、美味しかった」
「そうか!」

 とてもうれしそうだ。にまっと口の端を上げて笑ってる。あっけらかんとした喜びの表情。
 はじらってる様子は………ない、ようだ。

「あれは君が?」
「え? ああ、半分近くシエンが作ったんだけどな。ミートローフは、俺だ」
「うん、そうだろうね」
「どうした、レオン?」

 ちょこんと首をかしげている。
 これは、違うな。
 あんな可愛いイタズラを仕掛けておきながら、素知らぬ顔でとぼけ通せるほどディフは器用な人じゃない。
 彼がしたのなら、はずかしくて顔も見られなくなっているはずだ。
 だとしたら……犯人は一人しかいない。

 レオンはにっこりと笑った。

「シエンにサービスありがとうと言っておいてくれ」
「? ああ、わかった。伝えとく」


 ※ ※ ※ ※


 そして、キッチンで。

「シエン」
「なあに?」
「レオンがな、言ってたぞ。サービスありがとうって」

(ばれてるー!)

 一瞬、シエンはその場で飛び上がりそうになった。不意打ちを食らった子猫みたいに、四つ足そろえてぴょん! と。

「どうした?」
「う、ううん、何でもない」

 やっぱり、ばれちゃったか。
 少しでもレオンに新婚気分を味わってほしかったんだけど。

 次は『エプロンを……』に挑戦してみようかな。でも、エプロンをどう使えばいいんだろう?

 今度、オティアに聞いてみようと思った。


(ラブワイフランチ/了)

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