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ローゼンベルク家の食卓

【side2】お皿が一枚

2008/04/20 17:17 番外十海
Web拍手御礼用の短編を再収録。
【3-4】ホット・ビスケット【3-7】aday without anythingの合間に起こったささやかな事件。

 書斎にぽつんと残されたお皿が一枚。
 わすれな草の花びら色の、青に縁取られた白い皿。

 すべすべしたお皿が一枚。


 ※ ※ ※ ※


 オティアはぼんやりと椅子に腰かけて、キッチンテーブルに肘をついていた。
 
 別に暇をもてあましている訳ではなく、彼がそこにいるのにはそれなりの理由があった。

 目の前ではシエンとディフが粉をこねている。
 先日、カフェで食べたのと同じ、ホットビスケットを作っているのだ。

 なるほど、ディフの奴、図体はでかくてガラが悪いくせに、面倒見がやたらと良いことはわかった。けれど、まだシエンと二人っきりにしておくには不安がのこる。
 時々とんでもなくデリカシーのない台詞を吐いてくれるのだ、油断していると。

 だから彼は今、ここにいる。
 二人がせっせとつくっているものをさして食べたいとは思わなかったし、もとより興味もなかった。

「まだ半分残ってるけど」
「少し味を変えようと思ってな。これ入れて、混ぜてくれ」

 レモンの皮をすりおろし始めた。キッチンの中にすっぱい香りが漂う。

「なんか、口の中、すっぱくなってきちゃった」
「……俺もだ」

 それにしても……暇だ。あくびが出そうだ。
 できあがるのにまだしばらくかかりそうだし。何か読むものでも調達してこよう。

 立ち上がり、キッチンを出て、レオンの書斎に向かう。
 どっしりした木製の本棚には分厚い本が並んでいる。弁護士の書斎なだけに法律の本が圧倒的に多いが、普通に百科事典や図鑑もある。

 どれにしようか?

 試しに一冊抜きとって開く。
 ……わからない単語が多すぎる。確かこっちに辞書があったはずだ。


 ※  ※  ※  ※

 
 そして、戻るのを忘れた。

「……ふう」

 満足するところまで読み終わり、はっと気づくともう日が暮れていた。
 目の前には空っぽの皿が一つ。
 
 残っている小さな欠片からは、ついさっきまで(オティアの基準では)シエンの作っていたホットビスケットと同じレモンの香りがした。

 いつ、食べたんだろう。
 信じらんねぇ……油断しすぎだ。
 
 ふう、とため息をひとつ着くとオティアは本を閉じて棚に戻し、書斎を出た。


 ※  ※  ※  ※


 そして、夕食の後。

「……ん?」

 書斎に入った瞬間、レオンはかすかにレモンと、こんがり焼けた小麦粉のにおいをかいだ。
 見回すと、皿が一枚、床の上に置き忘れられている。

 何でこんなところにあるんだろう。
 誰が持ってきたのだろう?

 少し考えてから、拾い上げてキッチンに向かった。
 夕食の片付けはとっくに終わっている。
 ちらりとまだ新しい食器洗い機を見る。たかだか皿一枚でこいつを動かすのもいささか効率が悪い。
 皿洗いなんて滅多にしたことはないけれど、この程度なら、自分にもできるはずだ。

 スポンジに洗剤をつけて………ちょっと出過ぎたかな。
 いいさ、水で洗い流せばすむことだ。
 スポンジで皿をくるくると撫でる。表面に残っていた油膜が洗い落されて行く。

 ほっとひと安心。すすいだ皿を水切りカゴに入れようとした瞬間。

 つるりと手が滑った。

「あ」

 がしゃん


(お皿が一枚/了)

そして→こうなった
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