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ローゼンベルク家の食卓

【ex2-8】7月の雨

2008/05/12 0:48 番外十海
「……センパイ?」
「ああ……エリックか」
「コーヒー、冷めちゃってますよ」
「そーだな」

 別にコーヒーが飲みたかった訳じゃない。ただ一人になりたかったんだ。今、詰め所にいると嫌でもフレディの話が耳に入っちまう。

「……雨、降ってますね」
「ああ、予報通りだな」

 そのまま二人でぼんやりと、休憩室の窓から外を眺めていた。
 雨粒があとからあとからぶつかって、滴り落ちて。霞んで歪んだ風景の中に、ちらりと見覚えのある人影が見えた。

「……あれはっ」
「センパイ?」

 紙コップを放り出して外に飛び出した。
 降りしきる雨の中にぽつんと、やせっぽちの女の子が立っている。白い服を着て、傘もささずに。ブロンズ色の髪の毛がぐっしょり濡れて顔の回りにへばりついている。

「ルース」

 小さな体が腕の中に飛び込んで来る。
 黙って受けとめ、自分の体で包み込んだ。降りしきる雨から少しでもこの子を守りたくて。

「や……わたし……他所になんか……行きたくない」
「ルース。ママが心配するぞ?」
「知らない、ママなんか!」

 水色の瞳がすがりつくように見上げてくる。ここに居たいと訴えている……。
 だけど。
 ふっと雨が途切れる。背後から誰かが傘をさしかけていた。

「センパイ」
「……エリック。迷子を保護した。名前は………ルーシー・ハミルトン・パリス」

 びくっと細い肩が震える。耳慣れぬ母親の姓に反応したのだろう。

「マックス……いや、お願い」

 かすれた声で言いながら首を横に振る。喉元にせり上がる苦い塊を飲み下し、言葉を続けるしかなかった。

「母親が探してるはずだ。知らせてくれ」
「了解」

 片手で傘を持ったまま、エリックは携帯を取り出し、電話をかけた。
 ルースが顔をくしゃくしゃに歪めて、つっぷしてくる。俺の胸に体を埋める様にして。

(ごめんな、ルース)

 黙って背中を撫でる。
 今の俺には、君を受けとめることはできない。
 だから、せめてずっと君を抱きしめていよう。迎えが来る、その瞬間まで。

「センパイ。すぐに母親が迎えに来るそうです」
「…………そうか」

 鉛色の空から、あとからあとから透明な糸が降りて来る。
 ちくしょう。
 7月だってのに、なんて冷たい雨なんだろうな………。


(ファーストミッション/了)

後日談→アフターミッション
次へ→【ex3】有能執事奮闘す
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