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ローゼンベルク家の食卓

【ex2-7】ヒウェル釣られる2

2008/05/12 0:45 番外十海
 さすがに市警察は口が堅い。しかし、件の不良警官、フレデリック・パリスの交友関係は実にバラエティに富んでいて。また、その中には彼を蹴落とすためならいくらでも喋ってくれる『お友達』も存在したのである。

 ウワサの尻尾を掴めば、後は裏付けを取りさえすれば良かった。本来の仕事をこなしつつ、カメラを抱えてパリスに張り付き続けること約二ヶ月弱。六月も終わり、直に七月と言う頃にようやく、決定的な一枚を写すとことに成功した。

 それからはもう、夜も昼もなく寝食の暇を惜しんで執筆に没頭し……一週間後に半ばゾンビになりつつ、書き上げたレポートをプリントアウトし、物的証拠と入念な調査結果を揃えてペットの紹介記事と一緒にデスクに提出した。

 読み終わるまで、デスクは一言も喋らなかった。柄にもなくおどおどしながら待っていると、ばさりと紙の束を置いて一言。

「足りないな」
「裏付けが?」
「いや。お前さんの名前だよ。書いた奴の名前書かないでどうするんだ?」
「え? それって……」
「さっさと書け。手書きでいいから」

 震える手で胸ポケットからボールペンを抜き取り、自分の署名を記事の最後に書き加えた。
 初めての署名入りの記事だ……やったぜ、ちくしょう!

 しかしその反面、かすかな疑いがくすぶっていた。消し忘れたおき火のようにちろちろと。
 もしかして、俺は、体よく『姫』に使われたんじゃないかって。



 ※ ※ ※ ※


 新聞の出る前に、報告に伺った。ネタを賜った張本人なんだ、締めくくりを知らせるのが筋と言うもんだろう……ってのは建前で。
 例の疑いを確認しておきたいってのもあったんだ。
 謁見の場は、ブラッドフォード法律事務所……彼のバイト先だ……を指定された。
 その方がいい。この話、断じて自宅でする訳には行かない。何てったって今や、フレデリック・パリスの元相棒だった男が隣に住んでいるのだから。

 事務所を訪れ、さすがに堅くなりながら来訪の旨を告げると、受付嬢と楽しげに話していたやたらフレンドリーで声のでかいラテン系の男が中へと案内してくれた。

「Hey,レオン! 君のお友達を連れてきたよ」
「ありがとう、デイビット。申し訳ないけれど少し外してもらえるかな。デリケートな話なんだ……彼は新聞記者なんだよ」
「おお、そうだったのか。クロニクル? イクザミナー?」
「一応、Eのつく方で……あ、これ名刺です」
「ほう、確かに! じゃあ私からも」

 入れ違いに彼から渡された名刺には、デイビット・A・ジーノと書かれていた。

「それじゃ、ごゆっくり!」

 Mr.ジーノが出て行くと、急に応接室の中はシーンと静かになった。

「座って。長くなるんだろう?」
「ええ、まあ……ね。煙草いいっすか?」
「かまわないよ」

 革張りのソファに腰を降ろし、一本取り出して口にくわえる。愛用の赤い模様の入った銀色のオイルライターで火を着けて一服吸い込み、肺にためてから吐き出す。
 ミントの香りが鼻腔から喉、胸、腹へと走り抜ける。
 よし、だいぶすっきりしたぞ。

「例の警官の記事ね。明日の朝刊に出ます。一応、ご報告しとこうと思って」
「思ったよりはやかったね」
「最近、めぼしい事件もありませんでしたからね。何か、インパクトのある目玉が欲しかったんでしょう」

 くいっと眼鏡の位置を整えて、レオンと目線を合わせた。
 ほほ笑んでる。
 やわらかな和毛にくるまれた小鳥みたいな顔で。(だまされないぞ、あんたの中身はそんな可愛げのあるもんじゃない)
 
「……あなたの言う通り、事情聴取にかこつけて女性にセクハラしてました。年齢も職業もバラバラだけど、共通項が一つあった」
「ほう?」
「被害者が全員、見事な赤毛だったんですよね」
「そうらしいね」
「男も何人かいた。両方、イケるくちだったみたいですね」
「何度もやっているだろうとは思ったんだが、そこまで広範囲だとは思わなかったな」
「……本当に?」
「よく居るだろう? セクハラとコミュニケーションを混同しているタイプ。それとは少し違うなと思ったからね」
「ええ。赤毛に異様な執着を持ってる奴だった。証拠と称して被害者の髪の毛を一房ずつコレクションしてやがった……」
「彼の別れた奥さんも赤毛だったそうじゃないか」

 やっぱり知ってたんだな。だが、それだけじゃないだろ。俺は知ってる。あなたも知ってるはずだ、レオン。
 クリスタルガラスの灰皿に煙草をねじ込み、じわりと駒を進めた。

「俺たちの『共通の友人』と同様にね。これって、単なる偶然でしょうか?」
「……不満そうだね。じゃあ種明かしをしようか」
「ええ、ぜひ」
「その男、俺がディフの家にいる時に尋ねてきたことがあってね」
「引っ越す前? 後?」
「前、だ」
「……」
「そのあとも彼の家の周辺で何度か見かけた」
「つきまとってた……いや、狙ってた?」
「署内で顔をあわせることもあったんだが、やけにからんでくるしね。少し聞いてみたら、他の赤毛の女性にも同じようなことをしていたらしい」
「あいつ、そっち方面に対する警戒心まっっったくないからなぁ……」
「その分こちらが心配してあげればいいだけさ」
「……怖い人だ……」
「あれだけあからさまに敵意を向けられたら嫌でも気づくよ」
「そりゃあディフがあなたに向ける目は…別格ですから。嫌でも気づきます…………………本人以外は」

 うっすらとレオンが微笑う。さっきみたいな作り笑いじゃない。
 本気の……しかし、ひとかけらの温かさもない、月よりもなお冷たい笑みだった。
 ひと目見た途端、体の中心から生きて行くための根本的な熱みたいなものが、すうっと奪われるのを感じた。

 その時、思ったのだ。
 二度とこの男には逆らうまい、と。

「明日の朝刊、楽しみにしてるよ、ヒウェル」


 ※ ※ ※ ※


 俺の書いた記事は翌日の朝刊を飾り、ほどなくフレデリック・パリスは逮捕、警察を懲戒免職された。
 親父とお袋からは電話がかかってきて、『この新聞は額縁に入れて飾る!』とまで言われた。
 ちょっとは恩返し、できたのかな。

 ただ唯一この事件で悔やむことがあるとすれば、奴がルースの父親だったってことだ。
 
 続けて追いかけたかったのだが、第二報から先は俺はこの件の担当を外されて、然るべきベテランの記者がとって代わった。
 どうやら体のいいトカゲの尻尾にされていたらしい。
 事が事だけに万が一『外れ』を引いた場合、斬り捨てても惜しくない新米に署名を入れさせたって訳だ。記事に署名を入れるってのは、つまりそう言うことなのだ。

 ……なるほどね。よーくわかった。
 そう言うことならこの先、自ら進んでヤバい事件に首をつっこんでやろうじゃないの。
 斬り捨て上等、どんどん露払いを買って出て、署名入りの記事を書きまくってやる。
 その調子で二年、いや一年も実績を積めば、フリーになっても食って行ける程度にハクも着くだろうよ。

 せいぜい俺を利用するがいい。俺もあんたらを利用する。



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