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ローゼンベルク家の食卓

【ex2-5】レオンは見た

2008/05/12 0:33 番外十海
 アレックスから不審な男の報告を受けて以来、できるだけ時間を作ってディフのアパートを訪れることにした。
 主に水曜日……彼の非番の日に。すっかりそれが習慣になった、四月のある日。

「悪ぃな、お前にまで手伝わせて。飯、食ってくだろ?」

 午前中いっぱい引っ越しの準備をしてひと息入れると、ディフはいつものようにエプロンをつけて甲斐甲斐しく食事の仕度を始めた。
 
「何か手伝おうか?」
「いや、いい、休んでいてくれ」
「……わかったよ」

 仕方がないか。
 俺は料理には……と言うより家事全般に、壊滅的に向いていないのだから。素直にリビングに行き、ソファに腰かけて見るともなしに新聞を読んでいると、呼び鈴が鳴った。
 ディフが手を拭きながら大またで部屋を横切り、覗き穴から外を確認してから玄関を開けた。

「よう、フレディ」
「………客がいたのか」
「うん、学生時代からの友だちがな。前に話したことあったろ、レオンハルト・ローゼンベルクだ」
「ああ……覚えているよ」

 新聞を置いて、玄関の方を見る。
 刹那、視線がかち合った。
 ブロンズ色の髪の毛、水色の瞳、浅黒い肌………あの男か!
 
「あ、ちょうど飯できたんだ、食ってくか?」
「いや、いい。近くまで来たついでに寄っただけだから。じゃあ、またな」
「おう、ルースによろしくな」

 ドアの閉まる直前、男は刺すような目を向けてきた。むき出しの敵意に一瞬、背筋がぞくりと震えた。

「誰だい、今のは」
「同僚だよ。同じ署の。去年まで相棒だったんだ。いい奴だよ」
「そう………か」

 いい奴だって?
 君は気づいていないのか。
 
 ……そうだろうな。
 君はいつでも誰に対しても誠実で、裏表がない。一度信用した相手のことは決して疑わず、自分も誠意を尽くす。
 一本気で単純、と言ってしまえばそれまでだけど。

 ローゼンベルクのどろどろとした『家族』の騙し合いを見慣れた俺には、君が天使に見えたよ。
 だけど君が君のやり方で生きて行くには優しくない世界だから……。


 君を守りたい。親友として。

(それでいいんだ。そうあり続けようと自分に誓った)

 そのためならどんな手段も使う。あらゆる物を利用しよう。
 そのまっさらな魂が汚れぬように……。



 ※ ※ ※ ※


 パリスはアパートを出て歩き出した。
 街路樹の下の『定位置』にはとてもじゃないが立っていられなかった。

 レオンハルト・ローゼンベルクの名前は何度か聞いたことがあった。高校時代のルームメイトで、今でも親友なのだと。
 嘘をつくな、マックス。あれが親友だって? 冗談じゃない……。

 求めても。
 願っても。
 奴の心は他の男に向けられている。

 お前も同じなのか。
 俺を捨てて出ていったあの女と。

 目を閉じると艶やかな赤い髪の毛がまぶたの裏に翻る。
 今頃、ローゼンベルクの指があの柔らかな赤色をかき上げているのだろうか。

 腹立たしい。忌々しい………許せない。
 気が狂いそうだ。
 お前が他の奴を見ているなんて。俺以外の男の前で、あんな嬉しそうな顔してるなんて我慢できないよ、マックス。
 天使のような純情そうな顔をして、しっかり男をくわえこんでいやがったか。

 腹の底からふつふつと、青黒い炎が噴き上がる。

『お前をねじ伏せてやりたい』
『屈服させて。打ちのめして。徹底的に汚してやりたい……』

 ああ………そうだ。
 手に入らぬものならば、いっそ自分で壊してしまおうか。
 他の奴なんかで代用せずに。


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