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ローゼンベルク家の食卓

【ex2-1】ルースと呼ばれた子

2008/05/12 0:21 番外十海
 9月のはじめの、やたらと暑い日だった。
 たまたま出先でディフと会った。
 昼休みだと言うので一緒に飯を食い、その後スタンドでアイスでも食うかってことになった。

「ロッキーロードにトッピングはホットファッジで」
「……相変わらずだな。そんなにチョコばっか食って飽きないのか?」
「別に。好きなものはいくら食っても飽きないし?」

 たあいのない話をしていてふと、妙な気配を感じた。
 どうも、その……視線を感じる。それも微妙にいかがわしい気配のまとわりつく視線。新聞や雑誌の陰からちらちらと、ポルノ映画のポスターを盗み見ているような。
 原因は……ディフだった。
 
 警官の制服と言やアダルトショップのコスプレ衣装の定番中の定番だ。
 もっとも、こいつの場合はコスプレじゃなくて本物なんだが。

 ネイビーブルーの制服きた警察官が、舌つきだしてバニラアイスをぺろぺろと丹念になめたり。
 コーンの奥に入り込んだアイスを目を細めて舌つっこんでなめたり。
 しまいにゃコーンの下を噛み切ってこぼれたのを口で受けとめて食ったり。

 頬についたのを指ですくいとって口に入れて、指をぺろっと舐めて……。
 見られていると意識してるでもなし。見てる相手に狙って色気をふりまいてる訳でもない。ただ、いつものようにあるがままに振る舞ってるだけ、これが奴にとっての自然体なのだ。
 わかっちゃいるんだが………。

 大人になって、警察で揉まれてこいつもずいぶん強面になった。いい加減改善されてるだろうと思ったが甘かった。
 むしろ高校の時とくらべて格段にグレードアップしてやがる!
 あまりのエロさに硬直し、ふと思いついてカメラを取り出し、写真に撮った。

「何撮ってんだ」
「いや、ちょっとね。日常の記録ってやつ?」
「ふーん?」

 この写真、後日レオンに売りつけてみよう。いくらで買ってくれるかな?

「Hi、マックス! いいもの食べてるじゃん」

 軽快な声とともに弾むような足どりで女の子が走ってきた。
 浅黒い肌にカールしたブロンズの髪。年齢は14、5歳ってとこか。
 ちょいと痩せっぽちで前歯が大きく見えるがいい骨格をしてる。あと3〜4年もすりゃ美人になりそうだ。

「よう、ルーシー」
「もう、ルースって呼んでって言ってるじゃない」

 女の子は両手を腰に当ててぷっと口をとがらせた。

「その名前、のたーっとしてて好きじゃないの。ぜんっぜんCOOLじゃないし」
「OK、ルース」
「いい加減、覚えてよね!」
「すまん、つい」

 くすくす笑ってやがる。あ、もしかしてこの男、わざと言ってるのか? ルーシーって……。

(小学生か、お前はっ!)

「いいの? ポリスがバニラアイスなんか食べてて」
「お巡りさんだってアイスぐらい食うさ。それに今は休み時間だ。食うか?」
「うん!」
「何がいい?」
「ロッキーロード!」

 エロい食い方していたのが、がらりと雰囲気が変わってる。
 内心、ほっとした。

(そっか……こいつ、子どもの前だと男の顔から保護者の顔になるんだ)

「あ、この子はルースってんだ。相棒の娘。こいつはヒウェル、俺の高校の同級生」
「よろしく、ルース」
「あ! あなたが靴下丸めて脱ぎ捨てて、絶対片付けないヒウェル?」
「………そ、俺」

 いったいこいつはこの子に俺のことをどーゆー風に話したのか。
 わずかにひきつった笑いを浮かべつつ、三人で並んでアイスを食った。


「他にも知ってるよ、あなたの事。ウェールズ系で、カメラが好きで、チョコが好き」
「うんうん、よく知ってるねぇ……君も、ロッキーロード好きなんだ、ルーシ……?」

 むっとした顔でにらんできた。
 あー、確かにこりゃ可愛い。つい、やりたくなるディフの気持ちもわかる。

「……ス」
「うん。大好き。ダイエット中なんだけどね、今日は特別」
「ダイエットぉ? 君みたいなスマートな子がこれ以上細くなってどーすんの」
「んー、理想のウェストサイズまであともーちょっとなんだよね」

 久々に新鮮な会話だ。いかにもティーンエイジャーの女の子らしいや。
 アイスを食べ終わったところで、ふう、とルースがため息をついた。

「どうした、ルース。食った分のカロリーが気になるんならその分動けばいいだろ」

 いかにも体育会系なディフの発言に、ルースは微妙な笑顔で首を横に振った。

「そうじゃなくって。お弁当のことで、ちょっと……ね」
「弁当? 学食で食えば十分だろ」
「………そうじゃないの。最近、みんなと半分ずつ取り替えっこして食べるのが流行ってるから」
「へえ、最近じゃジュニアハイでもそんなことやってんだ」
「懐かしいなあ、俺もやったよ……小学校ん時」

「んー、男の子がやってるのとはちょーっと違うんだなぁ。それやらないと、女の子のグループから微妙に浮いちゃうって感じ?」
「ああ、なるほどね」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。アイス、ごちそうさま。それじゃ、またね!」

 ルースを見送った後もまだディフは首をかしげていた。

「弁当と女の友情……どこがどう、つながってるんだ?」
「深く考えるな。あの年頃の女の子ってのは謎に満ちてるんだよ」
「そうだな……まあ、何にせよ弁当がため息の原因なら、あの子がしょげるのも無理ないか」

 ふう、と小さくため息をつくと、ディフはぐいっと手の甲で口元をぬぐった。

「あの子の父親はいい奴だが料理はあまり得意じゃないからな……奴が持たせる弁当と言や、ピーナッツバターにジェリーのサンドイッチがせいぜいだろうから」

 その口ぶりから何となく察した。
 ルースの家に母親はいない。父親と二人暮らしなのだと。


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