ローゼンベルク家の食卓

【ex15-5】ではまたいずれ

2013/10/15 2:44 番外十海
「しかし、祖母ちゃんが居る時にそんなヘマしないで良かったなメリィ」

そう言ってにんまりと笑みを浮かべる裕二を見た羊子の顔が、何かを思い出したように引きつる。

「う」
「もしやってたら『メリィちゃんはやっぱり、実体験で呪いへの対策を怠ったらどうなるかを感じる方が良さそうね。』って笑顔で一週間ぐらい猫耳と語尾にニャンがつくようなオモシロ呪いかけられるところだぞ」
「そ、そ、それだけは! 耳はともかく語尾にニャンは……自分で自分が許せないーっ」
「ま、弄るのはこの辺にしといてやるかね。お茶淹れてくる。」

そう告げた途端、裕二の祖母の『お仕置き』を思い出して身震いしていた羊子の震えがピタリと止まって視線を裕二に向けなおす。
パタパタと、犬の尻尾が期待にゆれているような幻影を、教え子二人は教師の背中に見た。

「くっきーは?」
「へいへい、月のお菓子作ったあまりでチョコチップクッキー作ったから、ちょっと待ってろ。」
「月のお菓子?」
「魔女術の儀式には、お菓子とかワインを使うものが多いんだ。」

お茶の準備をしに店の奥に引っ込んだ裕二に代わり、羊子が答えるが……その答えに教え子二人に同じ考えがよぎる。

((まさか、先生、それが目当てで弟子入りしたんじゃあ……))

「ほい、お待ちどうさん。」

注ぎ口から湯気の見えるポットと人数分のティーカップ、それにお皿に盛られたクッキーを持って裕二が帰ってくる。
皿の上にはバター、マーブル、チョコチップの他に、三日月型のヘーゼルナッツが入ったクッキーがあった。それを羊子が手に取ると……

「これが、月のお菓子。」

そう言って口に放り込み、さくっと音を立ててクッキーを噛み砕く。
口に残ったクッキーを紅茶で流し込むようにごくごくとティーカップを飲み干すと、ぷはぁっと大きく息を吐いた。

「はー……おいしい」
「先生、クッキーついてます」
「おっと」

風見に言われて口元を紙ナプキンで拭う仕草は、「食べて補給する」タイプの羊子が消耗していたのが見て取れた。
おそらく、精神的に……。まあ、誰のせいかと言えば、そ知らぬふりでマーブルクッキーを齧る兄弟子のせいだろうが。
そんな先生を横目に見ながら、風見がお茶を口にすると、口に広がった香りに目を見開く。

「うわ、これすっげー美味い!」
「なはは、これでも30年近く茶器弄ってるからなぁ。継続は力なり…って奴かね。すっかり体が覚えちまったい。」
「三十年……え、幾つなんですか?神楽さん。」
「ん?確か40そこそこだったかね。でも最初は酷かったぜ?砂糖と塩間違えたし、カップなんて幾つ割ったことか…そもそも30年前は紅茶なんて飲んだこともなかったしよ。」
「40……。」

ロイと風見が顔を見合わせる。てっきり羊子先生より一つ二つ上くらいかと思っていたら、一回り以上年上だったことに驚きを隠せなかった。
しかし、正面切ってそう口にするのも憚られて、二人はその話題を話し合ったかのように流すことにした。

「ひ、日々鍛練してきたんですね! すごいや神楽さん」
「いや、鍛錬してきたというか…『働かざるもの食うべからずよ?』って、笑顔で言ってのける祖母ちゃんに逆らえなくてなぁ……。」
「かっこいいなー藤野先生」

懐かしそうに呟く年長二人に、穏やかな人だと伝え聞いた『羊子先生の師匠』が、意外とスパルタなのだと知った若者二人だった。
そのまま、裕二は昔を懐かしむように続きの言葉を紅茶を嗜みながら紡ぎだす。

「で、まあ長年やってりゃ流石に慣れもするもんで…20年くらい経った時に、祖母ちゃんに羊子が弟子入りしたんだよ。」
「ナルホド……先生もやっぱり最初は失敗とかしたんデスカ?」

何気なく聞いたロイに、にやりと笑う裕二とは対照的に、ビクッと一瞬肩も体も引きつらせたように見える羊子……。

「まあ、神社の娘で高校生だったから、羊子は砂糖と塩間違えたりはしなかったけどな……」
「あれは……『洋装』に慣れてなかっただけで」

含みを持たせた言い方をする兄弟子に、羊は目線と濁す言い方で必死に『言うな!』とアピールするので、兄弟子は小さくクツリと笑う。

「そうそう、風見にアーバン……長いな、ロイで良いか?」
「あ、ハイ!大丈夫デス。」
「俺も光一で良いですよ。」
「そうかい?じゃあ光一にロイ。俺とお前さんらは初対面だが、お前さん達の爺さんとは知り合いなんだぜ?」
「えっ!?」
「そうなんデスか!?」
「あぁ、じっさま達の写真が入ったアルバムがあるんだ、今度見に来るかい?」
『是非!!』

そのまま、自分達の祖父の話で盛り上がる彼等と、それを微笑ましげに一歩離れて見つめる羊子を見て、裕二は楽しげに緩い笑みをへらりと浮かべる。
何か心配事が杞憂に終わって、安堵したようなほっとした笑みだった。

「ははは……でもあれだ、うん…人生楽しんでるみたいで何よりさね。最初うちに来た時は、時々半ばガムシャラだったからなぁ。」

そう言われると、どこか気恥ずかしそうに羊子が視線を逸らす。
当時を知らない風見やロイはその仕草に気づいたものの、意味がわからず首を傾げているが、当人は覚えがあるのか……羊子は軽く頬をぽりぽりと掻いた。

「空っぽになってたから……ただ前に進むことしか考えてなかったから」
「今はもう…大丈夫なんだろ?それなら構わねぇさ。既に祖母ちゃんにみっちり叱られてることだしな」

『他人を大事にしたいなら、まずは自分を大事になさい!』

一瞬懐かしい声が聞こえた気がして、さらに気恥ずかしくなったのか、羊子は皿のクッキーをむんずと一掴みして口に放り込む。
さくさくさくさくさくさく……
リスが木をかじるような音を立て、チョコチップクッキーを高速で食べて。食べかすひっつけたままにかっと笑った。

「うん!」
「よし。さて、と……今日は店じまいだ。そろそろお前さんらも帰んな。」

ほれ、と指差した窓の外は既に日が落ちて暗くなりだしている。
いそいそと帰り支度を始める教師と教え子を見ながらティーセットを片付ける喫茶店の店主に、帰り支度をしていた教師が視線と声を向けた。

「ねぇ裕二兄ぃ、今度はこっちにも来なよ。母さんや叔母さんも全然顔見せないって寂しがってるし。」
「あ〜……そういや祖母ちゃんの葬式終わってから全然顔出してなかったっけな。……ん、また暇が出来たら行くさね。」
「よし。……じゃ、またね兄ぃ!」
「お茶とクッキー、ごちそうさまでした!」
「また先生のお話聞かせて下サイ!」
「はいよ、じゃあまたな。」

そう言って3人を見送り、扉を閉めて……「Opne」の看板をひっくり返して入り口の鍵を閉める。
ゆらりと……ひっくり返った「Close」の看板が、扉の前でゆっくりと揺れた。

(ラベンダーの花束を/了)

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