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ローゼンベルク家の食卓

【ex13-4】迷える暴走青年

2013/01/13 2:49 番外十海
 
 ディフォレスト・マクラウドは元警察官で今は私立探偵だ。背は高く、肩幅も広く、腕にも胸にも筋肉がみっしりと盛り上がっている。日常的に体を動かすことで作られた自然で実用的な肉付き。鋭い眼光、油断のない動き。
 黒い革のライダーズジャケットを羽織り、ジーンズの腰にくくりつけたホルスターには凹凸の少ないオートマチックの拳銃が忍ばせてある。
 見てくれに限って言えば、この上もなくTVドラマに出て来る『タフで腕っ節の強い探偵』のイメージにぴったりだ。

 しかし、ゆるくウェーブのかかった赤い髪はふわふわと肩から背中にかけて流れ、ヘーゼルブラウンの瞳には時折、やわらかな光がにじむ。何より引き締まった腰から尻にかけてのラインは妙に艶めかしく、見る目を持った男の胸を訳も無くざわつかせる危うさを漂わせていた。

 剛と柔。相反するちぐはぐな印象が、全て一人の男の中に矛盾なく存在している。
 何となれば彼は腕利きの弁護士レオンハルト・ローゼンベルクの最愛の伴侶であり、双子の兄弟オティアとシエンの母親代わりでもあるのだ。

 今日は依頼人の元へ調査資料を届け、さらに市役所に立寄って細々とした手続きを済ませて来た所。
 とかくお役所仕事と言う奴は些細な事でいちいち待たされ、時には建物の反対側の窓口にまわされるのがお約束。覚悟はしていたもののかなり手間取り、結局ランチを食べそびれてしまった。弁当は持参していたが、食べる時間が無かったのだ。
 ようやく自由の身になって事務所に戻る途中、我慢できなくて公園で車を止めた。良い天気だったし、なまじ近くに食べ物があると思うとどうにも腹が鳴って仕方がなかったのだ。
 かと言って車の中でもそもそ食べるのも味気ない。ランチボックスを抱えて外に出る。
(その辺のスタンドでコーヒーを買って、ベンチで食べよう)
 のっしのっしと大股で手近のコーヒースタンドに歩いて行く途中、奇妙な情景に出くわした。
 公園の一角にそこはかとなく人が集まっている。人垣を作るほどではないものの、そこを通過する時は明らかに歩調を緩め、遠巻きにしある一点に注目している。
 幸い、怯えたり警戒したりしている様子はない。ただ何やらこう、不思議なものを……本来ならあるはずのない物を見て、戸惑ってるようだ。
 さらに近づくと原因がみえてきた。老若男女一様に首をかしげて、一人の青年の一挙一動を目で追いかけているのだ。

「ドラマの撮影?」
「コスプレ?」
「ドッキリ?」

 そんな囁きがさやさやと、さざ波のように伝わってくる。
 黒髪のがっちりした体格の青年だった。年ごろは18歳かそこら、大学生ぐらいか。陽に焼けた肌は健康そのもの、だがその服装が一風変わっていた。
 ジェダイの騎士か、修道士か魔法使い、はたまたスランケット(元祖着る毛布)のような深緑のローブを着ているのだ! 明らかに、浮いている。だが本人はまったく気にしていない。
 眉根を寄せ、せわしなく周囲を見回している。せかせかとあっちに歩いていったと思ったらこっちに戻ってくる。何か、探してるのだろうか。
 立ち去りがたく、見守っていると彼がこっちを見て、はっとした顔つきになった。何かを見つけたらしい。ものすごい勢いで駆け寄って来た。
(うおっ、俺か?)
 黒髪の青年は、半泣き半笑いでしがみついてきた。

「ダイン先輩っ! 良かった、ここで会えるなんてっ」
「え?」
「……あ」


 青年の表情が、安堵から急転直下、戸惑いに変わる。おずおずと腕を放し、申し訳なさそうにうつむいた。

「申し訳ありません。人違いでした」

 がっくりと肩を落とし、頭を下げる。
 演劇科の学生だろうか? 仕草も古風だし、何だかシェイクスピア劇みたいな古めかしい喋り方だ。

「先輩に似てたから、てっきり」
「いや、いいんだ。それよりどうした、君。誰かを探してるのか?」
「……はい」
「その、ダイン先輩って人か?」
「いえ、実は探してるのは……」

 ぶるっと震えると、青年は両手の拳を握って叫んだ。

「お、俺の大事な人なんですっ!」

     ※

 いきなり話が深刻になった。とりあえずベンチに座って事情を聞いてみる。

「とりあえずこれでも飲んで一息つけ」
「あ、はい、ありがとうございます」

 差し出したコーヒーの紙カップ手に、青年はほっとひと息。

「あ、あったかい」

 鬼気迫った形相がほんの少し緩んだようだ。

「まずは名前を教えてくれないか? 君と、その探している大事な人の」
「はい。俺はエミリオ。エミルって呼ばれてます」
「OK、エミル。俺はマクラウドだ。ディフォレスト。マクラウド。マックスとかディフって呼ばれてる」
「探しているのは、俺の幼馴染で、シャルって言います」

 ほんのりとエミルの目の周りが赤い。どうやらただの幼馴染ではなさそうだ。

「どんな子なんだ?」
「美人です」
「……そうか、美人か」
「はい」

 真剣な表情だ。冗談でものろけでもない。素直に聞かれたことに答えただけのようだ。
 言わんとする事はわかる。自分もレオンの特徴を尋ねられたら迷うことなく即答するだろう。
『美人だ』と。
 だが、人探しの場合はそれでは困るのだ。

「それ以外の特徴は?」
「すごい、美人」

 ダメだ、こいつ。

「エミル」
「はい」
「ちょっと、落ち着こうか」
「……はい」

 一口コーヒーをすするのを見届けてから、今度はこちらから質問してみる。

「もっと、具体的な特徴があるだろ。髪の色とか、瞳の色とか、背丈とか」
「髪の毛は銀色で、癖がなくってつやつやでさらさらで。顔埋めるとすげえいい匂いがして」
「……落ち着け、エミリオ」
「瞳は青緑です。背丈は俺よりちょっとだけ低くて」
「ふむふむ」
「ちっちゃい頃は同じくらいだったからそれが悔しいみたいで、並んでると時々背伸びしてくる時があるんですよね。可愛いやらいじらしいやらで、もうキスしたくなる衝動を抑えるのに必死で!」
「エミル、エミル、エミル!」
「あ………」

 エミルは一瞬硬直し、それからしおしおうなだれた。

「すんません」
「うん、背丈が君よりちょっと低いってのはわかった」

 君がどれほどシャルに夢中なのかもな。思ったけれど口には出さない。

「他には? シャルの足取りを知る手がかりになるかもしれない。どんな細かい事でもいい、話してくれ。前にこの街に来たことは?」
「いえ、初めてです」
「そうか……じゃあ、シャルが興味を持ちそうなものに心当たりはあるか? 好きなスポーツとか、後は、そうだ、高いとこが好き、とか海がお気に入り、とか……」
「……マッチョかな」

 そう来るとは、予想外。

「……君以外で?」
「憧れてるんです。自分じゃ鍛えてもなかなか筋肉がつかないから」

 と、なると。どこぞのジム見学に行ってるのかもしれない。海軍基地も候補に入れとくべきか?

「触るのなら、俺の筋肉を好きなだけ触ってくれればいいのに。うっかりするとすぐ先輩とか隊長(チーフ)の筋肉をうっとりしながら撫でてるから、俺はもう心配で心配で心配でっ」
「あー、その、エミリオ?」
「わかってるんです、ダイン先輩は筋金入りの朴念仁だし心に決めた人がいるから安心だって。チーフもシャルの事は部下としてしか見てない! でもね、万が一ってこともあるじゃないすか! うっかりムラっと来ないことがないとも言い切れないでしょう! そうでなくても騎士団なんて血気盛んな野郎の巣窟だしっ!」
「うん、わかった。わかったからとりあえずこれ、食え」

 アルミホイルで巻かれたブリトーを握らせる。キョトンとしてたのでホイルを剥いて中身を見せてやった。

「何すか、これ」
「ブリトー。トウモロコシの粉で作った薄いパンケーキで肉とか野菜を巻いた食べ物だ。ロールサンドの一種だよ」
「……いただきます」

 がぶりと食いつくのを見届けてから自分の分にかぶりつく。もっしゃもっしゃと噛んでる間、二人はちょっとだけ静かになった。

「うまいっすね、これ」
「そーかそーか。豆腐アボカドと小エビを入れたんだ。あと青梗菜な」
「不思議な食感ですね」
「うん、日本風と中華とカリフォルニアのミックスだ」

 かじりながらこっちも考える。
 薄々事情が見えてきたぞ。シャルは彼女じゃなくて、彼なのだ。
 それに今、騎士団と言った。つまり、彼らは………

(中世騎士団ショーのメンバーなんだな!)

 中世の騎士さながらに鎧兜を身に着けて、馬上槍試合を行う人々がいる。
 ヨーロッパのみならず、アメリカにも槍試合を再現したアトラクション施設が存在する。サンフランシスコの南、ブエナパークにその名も「Buena Park Castle」と呼ばれる城があった。
 他の州や国外から『騎士団』を呼んで試合をすることもあると聞いている。
 ここに来るまでにポスターを見かけた。ホリデーシーズン中は、サンフランシスコ市内でも出張試合が開催されると書かれていた。おそらく彼らのチームは、招待されて他所からやって来たのだ。公演の合間に町中に宣伝に出て、はぐれしまったのだろう。

「他には、何か?」
「シャルは、動物好きなんです。犬とか猫とか! 特に犬。実家でいっぱい飼ってるんで」
「なるほど」
「俺のシャルが一人でふらふら歩いてると思うともう、心配で心配で心配で心配でっ」
「わかった、わかったからとりあえず」

 紙ナプキンを握らせる。

「口、拭け」
「おっと」

 エミルはごしごしと口についた豆腐の欠片とマヨネーズを拭き取った。
 ディフは微笑ましい気持ちで見守った。
 ここはサンフランシスコだ。男に惹かれる男は多い。エミルが取り乱すのも無理はない。実際、それほどの美形「騎士」が迷子になっていたら、男女問わず手を差し伸べたくなるだろう。下心の有無は別として。
 自分にしたってもし、レオンが一人でうろちょろ迷子になっていたらと思うと……。
 とてもじゃないが、エミルの取り乱しぶりを他人事とは思えない。

「なあエミル。ここの近くにドッグランがあるんだ」
「何すかそれ」
「犬を放し飼いにできる場所だよ。要するに、犬連れた人が、いっぱい来る」
「連れてってください!」
「……OK、わかった」

 ものすごく真剣な表情だ。矢も盾もたまらず、シャルを探しに飛び出し、舞台衣装のまんま駆けずり回ってたのだろう。

「よし、行くぞ、エミル」
「はい、マクラウドさん!」

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