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ローゼンベルク家の食卓

【4-4-5】★レオン、拗ねる

2008/09/23 22:38 四話十海
 
「……なあ、レオン」

 リビングに入って行くと、ディフが近づいてきた。何やら思い詰めたような色をヘーゼルの瞳の奥に秘めて。
 初めて俺に愛を打ち明けてくれた時もこんな目をしていた。
 何を言おうとしているのかは、聞く前に手に取るようにわかる。
 一つ違っているのは、この場合は思う相手が俺ではなく子どもたち。それもオティアだと言うことだろう。

 案の定、彼はすがりつくような必死なまなざしで頼んできた。

「猫………飼ってもいいか?」

 とっさに言葉が出なかった。表情が強ばったのが伝わってしまったのだろう。
 俺の袖をそっと握り、せつせつと訴えて来る。どんなにオティアがその子猫を気にしていたか。猫を抱くオティアがどんなに穏やかな表情をしていたか。

「俺には……お前がいた、レオン。あの子たちも。愛されて、愛することで自分を支えることができた……」

 袖を握る指に力が込められ、細かく震える。
 ああ、そんな顔をしないでくれ。胸が締めつけられる。

「……あったかくて、ふわふわしたちっちゃな生き物を大事に育てるのは……きっとあの子にとってプラスになる。俺たちには手の届かない部分まで、やわらかく包み込んでくれると思うんだ」

 まったくこの勝負、初手から先が見えていた。俺が君の望むことを嫌と言える訳がない。
 ヒウェルは確かに『方法を選んだ』のだ。

「仕方ないね」

 それだけ言うのが精一杯だった。くっと奥歯を噛みしめ、口をへの字に引き結ぶ。

「ごめんな、レオン………………………ありがとう。愛してる」

 骨組みのしっかりした手で抱きしめられて、わしわしと頭を撫でられた。

 愛してる。
 それは、よくわかってるよ。俺も君を愛してる。だけどね……ディフ。
 高校生の時に初め出会って以来、一度だって君が、俺が嫌だと言うものを無理に押し通すようなことがあっただろうか?
 恋人はおろか、友人ですらないただのルームメイトだった時から、俺がNOと言えば、君は「わかった」とうなずいて、二度と同じ過ちをくり返すことはしなかったじゃないか。
 あの子のためならそこまでするのかい?

(犬も、猫も、およそペットと名のつくものは苦手だと誰より知っているはずなのに)

 ああ、何だか色々と思い出したら腹立たしくなってきた。

(菓子作りは苦手だったはずなのに、アレックスに教わって誕生日のケーキまで焼くと言い出すし。プレゼントを買って帰ってきたときのあの嬉しそうな顔ときたら)
(この数日間、ずっと君は……俺のパートナーと言うよりあの子たちの『まま』だ)
(いったい、いつになったら俺は君を独り占めできるのだろう)

「おい、レオン」

 ぐいっと肩をつかまれた。

「何だい」
「いつまでもそんな顔してると………」

 間近に顔を寄せてくる。すぐそばに彼の顔がある。ヘーゼルブラウンの瞳の奥にちらりと緑色がひらめいたと思ったら、そのまま有無を言わさずソファに押し倒された。
 参ったな、完全に不意打ちだ!

 上体をのしかからせてくると、彼は唇を重ねてきた。

「ん……っ」

 キスされたと気づくより早く、強引に舌を滑り込ませてくる。
 拒むつもりはなかった。
 あるはずがない。

 ねっとりと絡め合い、互いに吸ったり、吸われたり。午後の陽射しのさんさんと差し込むリビングのソファの上で体を重ねたまま、濃厚な口づけを交わす。
 細く開けた瞼の間から緑に染まった瞳が見つめていた。つやつやと濡れて瞳孔が広がり、唇だけでは足りぬとばかりにむさぼる様なまなざしを注いでくる。

(あぁ)

 甘い痺れが駆け抜けた。絡め合わせた舌、重なる唇、抱き合う腕。彼と繋がっているあらゆる場所から背筋を伝わり、体の最も奥深い所に向かって。
 今のディフには俺しか見えていないのだ。
 もし誰かが入ってきたらどうしよう、なんてことは考えもせず、ただ俺だけを感じている。

(できるものなら、このまま………)
 
 長く甘いキスの後、ディフはほんの少しだけ唇を離し、囁いてきた。

「……可愛くて、こんなことしたくなっちまう」
「夜になってからにしてほしいな……今、我慢するのが難しいんだ」

 ほほ笑みかけると、目を細めてすり寄ってきた。

「それは、俺も同じだ」

 左の耳たぶをついばまれた。唇ではさむだけで、歯は立てずに。長い髪の合間から、ほんのりと……左の首筋の『薔薇の花びら』が浮び上がっているのが見えた。

(きれいだな)

 背中に腕を回し、唇を寄せる。息がかかっただけで腕の中の彼が小さく震えた。
 いっそこのまま抱き寄せてしまいたい。せめて、シャツの上からなで回すぐらいなら許されるだろうか?
 しばらく迷ってから、広い背中をぽん、と軽く叩くのに留める。意志の力を振り絞って。

「まだ、明日のためにすることがあるだろ?」
「……ああ……そうだな……」

 軽くキスしてからディフは離れて行き、くいっと手を引いて俺を起こしてくれた。

 君を独り占めするのは、夜まで我慢することにしよう。
 今日のところは。


(双子の誕生日 準備編/了)

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