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ローゼンベルク家の食卓

【4-4-4】青い時計を探して

2008/09/23 22:37 四話十海
 
「じゃあ明日、大学が終わったら迎えにきますね」

 カラン、コロンと優しく響くベルに送られてサリーはエドワーズ古書店を出た。
 
(よかった……)

 カララン、コロン……とまたベルが鳴る。雑誌の入った紙袋を抱えてヒウェルが出てきた

「プレゼント、買ってたのか」
「ええ。本がいいかなと思って」

 サリーは腕に抱えた袋の口を開けて、中の本二冊を見せた。どちらもかなりしっかりした装丁の本だったので、まるで箱をラッピングしたような厚みと大きさがある。

「おー、きれいだな……うん、あいつら本好きだし……喜ぶよ。あ、そうだ」

 ヒウェルはごそっとポケットから折り畳んだ紙を引っぱり出した。

「俺もプレゼント調達中なんだけどさ。こーゆー時計売ってるの見たことないかな」

 広げて、ペン書きのスケッチを見せる。

「色は青いんだ」
「うーん……時計、ですか……ちょっと感じが違うけどこういうのなら見たことありますよ」
「ほんとか? どこで?」
「日本で」
「さすがに日本まで買いに行く訳にもいかないなあ」

 がっくりと肩を落すヒウェルを見て、サリーは携帯を取り出した。

「ちょっと待ってくださいね、大学の同じゼミの子がそういうの詳しいと思うから」
「いるんだ……1コインショップマニア」

 助けてもらっておいて我ながら失礼な言い草だが、やはり学生たるものつつましい生活の中で1コインショップの世話になる率が高いのだろう。
 サリーは電話をしながら手帳を取りだし、さらさらとペンを走らせている。やがて通話を終えるとぺりっとはぎ取って渡してくれた。
 メモにはきちんとした筆跡で市内の1コインショップの名前と住所が記されている。

「今あるかどうかわからないけどって、教えてくれましたよ」
「よし、片っ端から回るか!」
「はい!」

 何故そうなったのかはわからないが、気がつくと店目指して走るヒウェルの車の助手席にはサリーが乗っていた。
 手伝いますよ、と言われたような。
 その本、重そうだな。よかったら送ってくよ、と言ったような記憶がそこはかとなくないでもない。

 とにかく二人は連れ立って教えられた店を周って行った。時計コーナーをざっとチェックしてから店員に話しを聞いて、また次の店に回る。
 その間にも、サリーの携帯にはどんどん、新たな時計の目撃情報が入って来た。時にはメールで、時には電話で。

「……けっこう顔広いんだな」
「いや全然知らない人からかかってきてるんですけど……なんで?」
「友だちの友だちは皆友だちだって言うからな」

 情報を頼りにぐるぐる回る。西かと思えばまた東。時計を探して行きつ戻りつ、また進む。
 こんな調子でユニオン・スクエアを出発し、市内をほぼ半周したあたりでさすがに電池が切れてきた。

「一旦休憩しようか……」
「そうですね」

 さっきから脳細胞がひっきりなしにカフェインの刺激を求めていた。くたびれた頭と心にガツンと一喝入れてくれる、とびっきり強烈なやつを。
 車を止めて近くのスターバックスに入った。

「サリー、何飲む? ここは俺にご馳走させてくれ。つきあってもらっちゃってるからな」
「ありがとうございます、それじゃ、カプチーノをホットで」
「何かオプション追加するか?」
「じゃあ、ショットの追加を……2杯で」
「OK」

 すたすたとレジに近づくとヒウェルは慣れた口調でよどみなく告げた。

「トリプルトールカプチーノ一つと7ショットベンティアーモンドチップラテ一つ」
「わあ、呪文みたいだ。慣れてるんですね、メイリールさん」
「慣れてるっつーか……法則性覚えちまえばあとは楽だよ。自分の分はバカの一つ覚えだしな。昼飯も兼ねてるし」
「不健康ですよ、それ」
「夜はちゃんと食うよ、夜は……」

 できあがったカプチーノとラテを受け取り、テラス席に腰かけた。

「なあ、サリー」
「何でしょう、メイリールさん」
「そろそろ、そのメイリールさんっての、よさない?」
「え、気になりますか?」
「うん。ヒウェルで十分だ」
「わかりました」

 うなずきあうと二人はしばらくはお互いにカップの中味に集中した。サイズは違うはずなのにほぼ同じタイミングで飲み終わり、口に着いたミルクの泡を軽くぬぐったその時だ。

「あ」

 サリーの携帯が短く鳴った。

「どうした?」
「あるかどうかはわからないけど、マリーナ近くの公園でフリーマーケットが開かれてるそうです」
「フリマかあ! そこまで頭が回らなかったぜ」

 くしゃっとカップを握りつぶしながらヒウェルは立ち上がった。

「ちょいと前の商品でも、出てるかもしれないしな。行こう」

 
 ※ ※ ※ ※

 
 教えられた公園に行くと……フリーマーケットのスペースは予想以上に広大だった。
 体育館1つ分はありそうな出店の群れを見ながらヒウェルは引きつり笑顔で呆然とつぶやいた。

「は、ははは……どうしよっかな、これは」
「手分けして探しましょう。見つけたら電話します」
「そうだな。釣り場が広けりゃ、それだけ魚も多いしな」

 空元気を振り絞っていざ、歩き出したのはいいものの……。
 冷房の効いた屋内と違って、屋外の探索は予想以上に過酷だった。こうなってくると日頃の運動不足がじわじわとたたってくる。
 いい加減、ぐしょ濡れになって用を足さなくなったハンカチに見切りをつけて、フェイスタオルの一本でも買おうかとふらふらと手近の店に歩み寄る。

「いらっしゃーい」

 真っ赤なバンダナを巻いた快活そうな青年がにこにこしながら迎えてくれた。左手に結婚指輪、広げたピクニック用のシートの上には女性が使いそうな品物や子どもの服、玩具が並んでる。
 おそらく所帯持ち、子どもが1人ってとこか……いやいやいや、今は出品者の家族構成なんか推理してる場合じゃない。

「えーっと、そこのタオル1本もらえますか、オレンジの」
「はい、これですね」

 青年はひょいっとイルカの模様の入ったタオルをとりあげた。その時だ。
 積み上げたタオルが崩れて、背後に置かれていたものが目に入る。

 青い、つやつやした光を見た瞬間、どっくん、と心臓が躍り上がった。

(もしかして……ああ、そうであってくれ、頼む、神様、聖ウィニフレッド様!)

 こう言う時だけアテにする、ウェールズ生まれの守護聖女はあくまで慈悲深く、この迷える羊に寛容だった。
 丸形の目覚まし時計、文字盤の数字はローマ数字じゃなくて普通に1、2、3……金属のベルが上部に二つ。スケッチを引っぱり出して確かめる。

 まちがいない。
 見つけた!

「はい、どうぞ、タオル。そろそろ閉店だから50セントでいいや」
「あ、あ、あ、あ、あの、そのっ」
「どうかしました?」
「それっ、その時計っ」
「ああ、これね。下の子が床に落としちゃって、ちょこっとベルが歪んでるんだけど」
「かまいませんっ、それ……………」

 ごくっと喉を鳴らし、ひきつった声をどうにか聞き苦しくないレベルに整える。

「その時計、ください」

 時計とタオル、合わせて1ドルでお買い上げ。「サービスです」と手作りのクッキーまでもらった。
 電話でサリーを呼び出し、公園の出口で待ち合わせる。サリーが来るまでの間、今更ながら時計の動作を確認していなかったことに気づいた。
 電池はまだ残っているらしく、カチコチと動いている。よし、合格だ。
 だがちょっと待て、目覚ましとしての機能はどうだ?

 目覚まし設定用の短針を現在の時刻に合わせてみた。

 ……………………………鳴らない。
 本来は震動するべきハンマーが、ベルの歪みに引っかかってて動かなくなっているようだ。
 一応、鳴らそうと努力はしているらしいのだが、ブブブブ、ガタガタガタと震えるだけ。何となく息も絶え絶えと言った感じで何やら痛々しい。

「ヒウェル! 見つかったんですか?」
「うん、でも、これ鳴らないんだ。ハンマーが引っかかってるみたいで………」
「どれどれ?」

 サリーに時計を手渡し、ふう、とため息一つ。
 まあ、時計としての役には立つんだ。ベルが鳴らなくても……いっそベル用にもう一つ別の時計を買うか? ……いや、それはあまりも本末転倒だろ。
 惜しいなあ。
 モノは完ぺきなんだけど。一発ひっぱたいたら鳴るようにならないか?

 ジリリリリリリリリリン!

「えっ?」
「鳴りましたよ、ほら」

 にこにこするサリーの手の中では、青い時計が息を吹き返し、景気よく鳴り響いていた。
 本来ならやかましいとしか思わない音が、ヒウェルには天使の竪琴に聞こえた。

「マジか……ははっ、やったあっ」

 目覚ましを止めるのも忘れてヒウェルはサリーをハグし、ぱしぱしと背中を叩いていた。

「ちょっ、ひ、ヒウェルっ?」
「やったぜ、サリー。ありがとなーっ!」

 行き交う人々が怪訝そうな顔で見ているが、まったく気にしない。と言うより気づいていない。
 少しでも注目度を低くしようと、サリーは困り顔で目覚ましのスイッチを切った。

(この人でもこう言う子どもみたいなマネすることもあるんだなあ……参った)

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