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ローゼンベルク家の食卓

【4-4-3】ヒウェル、猫に会う

2008/09/23 22:36 四話十海
 各自の判断でプレゼントを調達する。
 自分で言い出したのはいいものの、ヒウェルは迷っていた。
 
 実用的なもの。
 これが一番難しい。常日頃他人に何ぞを贈る際にはいつもネタに走っていたものだから、いざ実用性のあるプレゼントを探そうとすると、冗談みたいにぱったりと、アイディアの泉が枯渇してしまったらしい。
 いくら頭をひねっても、さっぱり湧いてこない。

(これは……やばいぞ)

 机の前に座って考えた所で思考は車を回すハムスターよろしく、延々と空回りを続けるばかり。

(どれ、ちょっくらリサーチしてくるか)
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「Hey,まま」
「何だ?」
「………ほんとリアクション薄いよな」

 ヒウェルがローゼンベルク家の『本宅』を訪ねてみると、ちょうどディフが買い物から戻ったところだった。

「双子は?」
「ああ、隣だ。アレックスに勉強見てもらってる」
「そっか……じゃあ、好都合だな」

 境目のドアは今は開いている。昼間はいつもこうなのだ。ちらっとそちらを確認してから念のため、小声でこそっと聞いてみる。

「オティアとシエン……最近、何か、こう、生活必需品で不足してそうなもの、ないか」

 ちょっと考えてから付け加える。

「できればシャツ以外で」

 ディフはしばらく拳を握って口元に当てて考えていた。

「オティアが」
「うん」

(やったぜ、いきなり本命だ!)

「目覚まし時計…………壊しちまったんだ」
「目覚まし時計?」
「ああ」

 ちらりとディフの顔に浮かぶ苦い笑みに、妙にがらんとしていた双子の寝室が重なる。
 おそらく、壊したのは時計だけではない。オティア自身も気づかぬうちに『破壊』してしまったのだ。

「1コインショップで見つけて、珍しく自分で選んだ時計だったんだけど……な」
「そいつぁ珍しいね、確かに。で、どんなんだった」
「ん……ちょっと待ってろ」

 ディフは電話台の脇のメモスタンドからひょいとペンを抜き取ると、広告のチラシの裏にさっさっとスケッチを始めた。

「丸形で、アナログ式。文字盤はローマ数字じゃなくて普通の1、2、3……で。上に金属のベルが二つついてた」
「上手いもんだね」
「時計は無意識に形を覚えちまうんだよ。爆弾のタイマーに使われることがあるからな。色は青だ」
「つやつや? それとも、マットがかかってる?」
「つやつや」
「OK。1コインショップで買ったんだな?」
「ああ。いつも行くショッピングモールのな」
「あー、はいはい、あそこね。わかったわかった。で、シエンは?」
「シエンは………買い物の時」
「うん」
「財布が、な……小銭がすぐ溜まって、ぎっしり満杯になって困るって言ってた」
「………そうか」

(小銭がぎっしり。それって、16歳の財布と言うよりは、むしろ主婦の財布じゃねえか?)

「最近は自分で作る料理の食材は自分で選んで買ってるからな。支払いもあの子が自分でやってる」

 納得。
 
 
 ※ ※ ※ ※ 
 
 
 オティアには目覚まし時計。青でクラシカルなベル式。
 シエンには小銭のたっぷり入りそうな丈夫な財布。

 品目は決まった。あとは物を選ぶだけだ。
 オティアの場合は入手先はわかっているし、具体的にどんなものを探せばいいのかも決まっている。
 だが、シエンの『財布』は自由度が高いだけにかえって難しい。
 何を贈ってもあの子はほほ笑んで『ありがとう』と言うのだろうけれど……。

 とりあえず店の前を歩いてみることにした。ふらふらしてるうちに、『何か』いいものに出会えるかもしれない。

 虫のいい考えだが、効果はあった。ジャパンタウンをぶらついている時に(中華街と同じくここもヒウェルのお気に入りのぶらつき場所の一つだった)、ふっと店先に置かれた変わった形のコインケースに目が引き寄せられた。

 本体は布。ころんとふくらんだ丸みのある形で、互い違いになった口金をとじあわせてきっちりと閉める仕組みになっている。
 手にとってカパカパ開け閉めしてみた。

(面白ぇ……カエルの口みたいだ)

 これ、いいな。シエンが喜びそうだ。バイト中にコーヒー買いに行く時なんかも便利だろう。
 かぱっとやって、すぐ中味が出る。
 何より面白い。

 だが、この布製のはちと小さいな。
 もっとしっかりした造りで、大きめのやつを探してみよう。

 ヒウェルは店の中へと足を踏み入れ、店員を呼び止めた。

「表にあったような形のコインケースで、もっとしっかりしたの探してるんだ」
「がま口(Frog-mouth-pouch)をお探しですか?」
「へえ、ほんとにそう言う名前なんだ……」

 にやっと口角が上がる。
 いいね、ますます気に入った。

「しっかりしたもの、でしたらこれなどいかがでしょう?」

 店員がいくつか出してくれた『がま口』の中で、ひときわ目を引く品を手にとってみる。金色の口金をひねり、かぱっと開けた。

「へえ、中は革張りなんだ」
「はい。布だけのものと違ってぺったりしませんから中味の出し入れも楽です」
「ふうん……外側の布もしっかりしてるな。模様も印刷じゃなくて刺繍だし……」

 どっかで見たことがあるなと思ったら、この質感は、あれだ。ヨーコの着てた着物の帯に似てるのだ。
 びっしりほどこされた金色の縫い取りは、ちょっと角度を変えただけで微妙に色合いが変化する。
 よく見かける布に日本っぽい絵柄をプリントしたものとは明らかに格が違っていた。

「これ、ください。贈物なのでラッピングも」
「はい、かしこまりました」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 シエンのプレゼントは無事確保できた。あとはモールの1コインショップでオティアの分を買えばいい。
 上機嫌で件の店を訪れたヒウェルだったが、事態はそう簡単には運ばなかった。

「え……品切れ?」
「はい、当ショップではもう扱っておりません」

 1コインショップの商品は入れ替わりが早い。そしてどんなに売れた商品であれ、品切れになれば再入荷の予定はない。
 機能と役割が同じで、デザインの違う新商品が後がまに並ぶ。
 まさに一期一会、あるいは一発勝負。

(こいつぁ予想外だ、困ったぞ。まさか、こっちでつまづくなんて!)

 わずかな望みをかけて他のショップを見回ってみたが収穫無し。冷静に考えてみれば、こう言う人の出入りの多い場所ではそれだけ商品の入れ替わりも早いのだ。
 作戦変更。少し奥まった所まで足を伸ばしてみよう。

 ユニオン・スクエアの表通りからちょいと横手に入った所にある古い商店街。石畳の道に古風な建物、昔ながらの店が並ぶなかなかに写真映えのする一角。
 こじんまりした雑貨屋、オーソドックスに時計屋、ボタン電池からフットバス、大型電動工具に至るまで幅広い品ぞろえを誇る電気屋。
 探索してみたがいずれも空振りだった。

 ため息一つ。

 いかんな。もう、ちょっと似てるデザインの別の奴でもいいかって気になってる……。
 オティアがあの時計のどこをそんなに気に入ったのか、ヒウェルは知る由もない。青系が好きらしいから色かな、とも思うのだが生憎とモノクロのスケッチでは元の時計の色はわからない。
 わからない以上、似た物での代用は効かない。オティアが選んだものと、そっくり同じものを贈らなければ意味はないのだ。

(ちょっくら気分転換してくか)
 
 馴染みの古本屋に立寄り、リフレッシュを試みることにした。
 着いてすぐに砂岩作りの三階建ての店の前のワゴンに並ぶセール本をチェックする。
 大抵の古書店ではこの種の安売り品は無造作につっこんであるものなのだが、この店の本は大きさごとに分けられ、ひと目で背表紙が読めるようになっていた。

「お」

 好みの雑誌発見。ネットオークションで買えば冗談だろうと言うくらいに値の跳ね上がる代物だが、比較的良心的な価格が表示されている。
 数冊選び出し、会計をしようと店の中に入った。

 カランコローン……

 ドアベルの奏でるやや低めの音階に、金髪の店主が顔をあげた。

(ん?)

 その刹那、店主のライムグリーンの瞳が鋭い光を宿し、『きっ』とにらみつけてきたような気がした。

「……いらっしゃいませ」
 
 一瞬のことだった。もう、いつもの穏やかな顔にもどってる。

(びっくりした……あの人でもああ言う目つき、する時があるんだな)

 妙なことに感心しつつカウンターに歩み寄り、手にした雑誌をさし出した。

「これ、お願いします」

 すると、にゅっと床から立ち上がった奴が約一名。どうやら先客がいたらしい。ひゅん、と長い薄茶色の尻尾がしなるのが見えた。猫の相手でもしていたのだろうか。

「あれ? メイリールさん」
「え……サリー?」

 レジを打ちかけた店主の手がふと止まる。
 微妙な間の後、静かな声が問いかけてきた。

「……………………………………お知り合い、ですか?」

 微妙に声のトーンが低い。しかも、そこはかとなくトゲが生えてるような。

 おいおい、俺、この人に何かしたか?
 まじまじと、改めて店主の顔を見つめ、記憶を漁る。
 基本的にヒウェルは自分がはめた相手の顔は忘れない主義だった。いつ、どこで出くわさないとも限らない。
 相手の存在にいち早く気づき、自分を覚えているかどうか、適度な距離を保ちつつ観察できるように。
 いざと言う時は恨みをこめた一撃を食らう前にとっとと逃げ出せるように。

(あ)

 ファインダー越しの記憶と目の前の顔が一致した。

「そー言えばレオンとディフの結婚式の時にいましたね……SFPD(サンフランシスコ市警察)の方々と一緒に」
「ええ、3年前まで勤めてましたから」

 ディフの元同僚だったのか……。元警察官なら、あの鋭い眼光も納得が行く。

「あなたは確か……ああ、結婚式でカメラマンをしていらっしゃいましたね」
「ディフの友人で、高校の同級生だそうですよ」
「では、Missヨーコとも?」
「ええ、まあ……」

 あいまいな笑みを浮かべつつ語尾を濁す。あいにく、とか不幸にして、とか、当人の従弟を目の前にうっかり本音を言えるはずがない。

「あれ、でも初対面なんですね。警察署内なんかで会ったことなかったんだ」
「私は事務の担当でしたから……」
「ああ、それじゃあんまり顔合わせてないな。その頃なら俺、馴染みがあるのはもっぱら広報担当だったから」

 3年前と言えばヒウェルはまだ、かろうじて堅気の記者だった。
 あちらこちらに鼻を突っ込み、事務担当にまで世話になるようになったのは店主が警察を辞めた後のことになる。

「あ……そうだ。メイリールさん。いいところに」

 サリーは本棚のすき間に向かって呼びかけた。

「モニーク、モニーク。おいで」
「みゃ!」

 真っ白な毛皮、青い瞳、そして胴体の左側に、カフェオーレをこぼしたような、ちょっといびつな丸いぶち。
 子猫は日一日と成長する。若干サイズは変わっていたが、確かにそれはオティアが探し出したあの行方不明のちび猫さんだった。

「………………………魚屋さんにもらわれていったはずじゃあ」
「ええ、そうなんですが……実は」

 ため息をつくと、古書店の主人は低い声でモニークが出戻ったいきさつを教えてくれた。

「お前……どんだけ脱走すれば気がすむんだ」
「み」

 子猫は耳を伏せてぷい、とそっぽを向いてしまった。

「どうでしょう、メイリールさん。この子ならきっと大丈夫だと思うんだけれど」
「そうだな……彼女、オティアに懐いていたし………オティアもこの子を気にしてた」
「Mr.セーブルですか? ええ、彼ならこの子のよい飼い主になってくれるでしょう。そう思ってお願いしてみたのですが……」
「NOって言ったんだろ、あいつ?」

 サリーがうつむき、子猫をなでた。

「難しいですかね………」
「いや、ここは一つ強硬手段に出てみよう」
「強硬手段?」
「ああ。強引に連れてく。だいたいオティアは遠慮しすぎなんだ。それに、里子先から戻されたって聞けば……決してこの子を追い返したりしない」

 ひと息に言い切ってから、ヒウェルは深く息を吸い込み、また吐き出した。
 妙に顔がかっかと火照っている。

(ああ、俺は今、何をやらかそうとしているんだろう?)

「ディフとレオンには俺から根回ししとくから……」
「その……Mr.メイリール、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

 控えめに店主が問いかけてくる。

「マックスはわかります、彼の雇い主ですから。ですが、何故レオンまで?」
「ああ、オティアには身寄りが無くてね。あの二人が面倒見てるんですよ、双子の兄弟と一緒に」
「なるほど。レオンのことは私もよく知っています。彼は確か……動物があまり………」

 店主は口をつぐむ。ヒウェルも黙ってライムグリーンの瞳を見返した。サリーはモニークを抱きかかえたまま、心配そうに二人を交互に見ている。

「大丈夫だって! ……………………………………………タブン」
「だと、いいのですが」

 エドワーズは秘かに思い出していた。署の廊下で警察犬とすれ違った時、レオンはほんの僅かな間だが凍えるような瞳で犬を……睨んだ。
 黒のロングコートのシェパード、仕事以外の時はフレンドリー極まりないヒューイ。マックスが可愛がっていた。
 ヒューイはさほど気にする風でもなかったが、もし、あれと同じ目でモニークを睨まれたらと思うと背筋が寒くなる。

「オティアが住んでるのは、正確にはあの二人の隣の部屋なんだ。ドア一枚で繋がってるけど、レオンやディフといつも一緒って訳じゃない」

 ああ、それならばモニークがレオンハルト・ローゼンベルクに睨まれる可能性は少しは低くなる。

「それに、モニークを抱いてたときのオティア、今まで見たことないほど穏やかな顔してたんだ……一緒にいると、きっと、喜ぶ」
「そっか……良かったね、モニーク」

 サリー先生に頭をなでられ、かぱっと小さな口を開けてモニークが鳴いた。

「にう!」

 その時、エドワーズは気がついた。可愛がってくれる、しかも大好物のエビを食べさせてくれる魚屋夫婦の所から、何故、頻繁にモニークが脱走していたのか。
 彼女には彼女なりの目的があったのだ。

「お前もMr.セーブルの所に行きたいのかい?」
「みう〜」
「彼の所でなければ、嫌なんだね?」
「みゃ!」
「…………そうか」

 エドワーズは心を決めた。

「お願いします」
「俺からもディフに連絡してみます」

 ようやく、エドワーズの顔にほほ笑みが戻ってきた。
 大丈夫だ。サリー先生も協力してくれるのなら、安心できる。


 そしてヒウェルは携帯を取り出し、電話をかけた。


「あ、もしもし、レオン。猫飼っていいですか?」
 
 憮然とした声が即座に答える。

「却下」

 この口調の素っ気なさ、この声のトーンの低さ。察するに受けた場所は書斎、近くにディフはいないらしい。

「いや俺じゃなくてオティアですよ! アニマルセラピーってやつです……」

 沈黙が答える。
 ああ、渋い顔をしているのが目に浮かぶようだが、ここで退く訳には行かない。いざ突進、アタックするのみ。

「エドワーズさんご存知でしょ? 元SFPDの内勤巡査の。飼いたいってのは、彼の家の子猫で……行方不明になった時にオティアが探し出した子猫なんです。あいつにも懐いてるし」
「ヒウェル。はっきり言うけれどね」
「あー……動物、お好きじゃないのはわかってます、でも、レオン」
「俺を説得したいならやり方をかえるんだね。それじゃ」

 ぷっつりと電話が切られた。

「ちっ、姫は手強いなぁ……」
「姫?」
「あ、いや、こっちのことで」
「レオンの返事もNO、だったんですね?」

 苦虫を噛み潰すような心境でうなずくしかなかった。

「やっぱりディフから言ってもらわないと駄目なのかな」
「ああ、しかし子猫の素性とオティアとのなれ初めは伝えた……無駄ではなかったと思いたい」
 

 うなずくと、サリーは自分の携帯を取りだした。


「サリー! どうした?」

 朗らかな声が答える。ほっとして話を続けた。

「ちょっと相談があるんですけど、いいかな?」
「ああ、何だ?」

 一通り事情を説明すると、ため息まじりに「そうか」と答えが返ってきた。決して失望のため息ではない。むしろ安堵に近い。

「………本当はな…俺も……オティアがあの猫、飼ってくれたらいいなって、思ってた」
「もう一度、チャンスをください。モニークを連れていってもいいですか? 明日の夜にでも。それでだめなら連れて帰ります」
「ああ。レオンには俺から話しておく」

 即答だった。
 きっぱりと、はっきりと。強い意志を感じた。その瞬間、サリーは直感で悟った。

(大丈夫だ。この人が頼めば、きっとローゼンベルクさんはOKしてくれる)

「ありがとうございます。それじゃ、また明日」
「ありがとうって言いたいのは、俺の方だよ、サリー。それじゃ、また」

 電話を切ると、サリーは心配そうにのぞきこむエドワーズとヒウェルに向かってにこっと笑いかけた。
 二人の肩からふっと力が抜けて、緊張しきった顔の筋肉が一気にほころぶ。
 にんまりと会心の笑みを浮かべると、ヒウェルが右手の拳をくっと握って親指を立てた。

「GJ、サリー」


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