▼ 【3-8-3】ヒウェルの告白
舞い上がったまんま上の空で食後のコーヒーを流し込んで。鍋と皿を洗うと言ったらディフの奴はまた目を丸くした。
「……ほんっとに熱ないのか、お前」
「いいから体温計しまえよ、ディー」
「ええい、その呼び方はやめろ!」
くわっと歯ぁ剥いて怒鳴ってるが動揺してるな。耳まで赤くしてうろたえてやがる。
一本とったぜ、してやったり。
気分よく台所で鍋とフライパンを洗っていると、食べ終わった食器を持ってオティアがやってきて……そのまま、洗い始めた。
ざっと皿を軽く洗ってから食器洗浄機に並べて行く。
何のことはない、いつもこいつのやってる事だ。強いて違いをあげるとしたら今日はいつも一緒のシエンがいない。
ディフもいない。レオンは言うにおよばず。
今、キッチンにいるのは俺とオティアの二人っきりだ。
これはある意味、チャンスかもしれない。
ざばざばと景気良くフライパンを洗って、すすいで。ペーパータオルで拭ってからかるくガス台であぶって水気を完全に飛ばす。
一旦手を休めて、オティアに声をかけた。
「なあ、オティア」
こっちを見た。
「月並みな質問だけどお前、恋人とかいる?」
「は?」
「いないんだな?」
「考えたこともねーよ」
「ふーん」
ひと呼吸置いて、続ける。本当に言いたかった一言を。できる限りさりげなく、いつもの軽やかさを保ったまま。
「それじゃあ、俺が立候補してもいいわけだよな?」
「はあ?」
一歩近づき、上体を曲げて。ほんの少しスモークのかかった紫の瞳をのぞきこんだ。
瞳孔が拡大し、いつもより若干深みを増したアメジストの鏡に……不自然なくらい爽やかな笑みを浮かべた自分の顔が写っていた。
自分がどれほど彼に近づいていたのかその時初めて気づいた。
ったく、何ムキになってんだ……。
声のトーンを落して、囁きかけた。
「お前が好きだってことだよ。恋人になりたいんだ」
「何を、バカなことを」
つい、と目をそらされた。
ああ、予想通りの反応だ。お前ならきっとそう言うと思ったよ。ここですんなり聞き届けられてもいささか物足りない。
ほんと、怒った顔も可愛い奴だ。
「本気なんだけどなぁ……」
オティアは黙々と皿を軽く水ですすいでは食器洗浄機に並べる作業をくり返して行く。いつもより少しだけ乱暴で、皿やフォークがカチャカチャと耳障りな音を立てる。
最後の一枚までセットしてからバタンと蓋を閉めて。スイッチを入れた。
「………オティア?」
「二度と言うな」
そのまま俺には目もくれずに素通りし、自分の部屋へと行ってしまった。
(おい)
(待て)
今、いったい何があったのだ。
俺は何をしくじった。
まちがったボタンを押したのか。
くそ……わからない。
わからない!
切り立ったガラスの絶壁に指ひっかけて、上に登ろうと足掻いてる気分だ。
「オティアっ?」
シエンが慌てて追いかける。
続いて追いかけようとしたが、リビングで足が止まった。
情けない話だが、その時になってようやく、混乱した俺の脳みそはさっき目の拾った光景を理解することができたのだ。
まだ新しい食器洗浄機。ピカピカの銀色の表面が、鏡みたいに彼の顔を写していた。
相変わらずのポーカーフェイス、表情は変わらない。けれど紫の瞳の奥に……凄まじいまでの苦い絶望が沈んでいた。
あの目。
初めて会った時も、あんな風な目をしていた。
いや、あの時よりある意味酷い。
溺れながらすがりついた手を無理矢理振り払われて、水の底に沈んで行く瞬間……人はあんな目をするのかもしれない。
「やっちまった……」
唇を噛んで立ち尽くす。濡れた手のままで。
視界の隅でレオンとディフが一瞬だけ目を合わせ、レオン一人が立ち上がるのが見えた。
「ヒウェル。書斎に」
静かな声。穏やかな声。だが、逆らうことはできなかった。
次へ→【3-8-4】あの子達には時間が必要だ
「……ほんっとに熱ないのか、お前」
「いいから体温計しまえよ、ディー」
「ええい、その呼び方はやめろ!」
くわっと歯ぁ剥いて怒鳴ってるが動揺してるな。耳まで赤くしてうろたえてやがる。
一本とったぜ、してやったり。
気分よく台所で鍋とフライパンを洗っていると、食べ終わった食器を持ってオティアがやってきて……そのまま、洗い始めた。
ざっと皿を軽く洗ってから食器洗浄機に並べて行く。
何のことはない、いつもこいつのやってる事だ。強いて違いをあげるとしたら今日はいつも一緒のシエンがいない。
ディフもいない。レオンは言うにおよばず。
今、キッチンにいるのは俺とオティアの二人っきりだ。
これはある意味、チャンスかもしれない。
ざばざばと景気良くフライパンを洗って、すすいで。ペーパータオルで拭ってからかるくガス台であぶって水気を完全に飛ばす。
一旦手を休めて、オティアに声をかけた。
「なあ、オティア」
こっちを見た。
「月並みな質問だけどお前、恋人とかいる?」
「は?」
「いないんだな?」
「考えたこともねーよ」
「ふーん」
ひと呼吸置いて、続ける。本当に言いたかった一言を。できる限りさりげなく、いつもの軽やかさを保ったまま。
「それじゃあ、俺が立候補してもいいわけだよな?」
「はあ?」
一歩近づき、上体を曲げて。ほんの少しスモークのかかった紫の瞳をのぞきこんだ。
瞳孔が拡大し、いつもより若干深みを増したアメジストの鏡に……不自然なくらい爽やかな笑みを浮かべた自分の顔が写っていた。
自分がどれほど彼に近づいていたのかその時初めて気づいた。
ったく、何ムキになってんだ……。
声のトーンを落して、囁きかけた。
「お前が好きだってことだよ。恋人になりたいんだ」
「何を、バカなことを」
つい、と目をそらされた。
ああ、予想通りの反応だ。お前ならきっとそう言うと思ったよ。ここですんなり聞き届けられてもいささか物足りない。
ほんと、怒った顔も可愛い奴だ。
「本気なんだけどなぁ……」
オティアは黙々と皿を軽く水ですすいでは食器洗浄機に並べる作業をくり返して行く。いつもより少しだけ乱暴で、皿やフォークがカチャカチャと耳障りな音を立てる。
最後の一枚までセットしてからバタンと蓋を閉めて。スイッチを入れた。
「………オティア?」
「二度と言うな」
そのまま俺には目もくれずに素通りし、自分の部屋へと行ってしまった。
(おい)
(待て)
今、いったい何があったのだ。
俺は何をしくじった。
まちがったボタンを押したのか。
くそ……わからない。
わからない!
切り立ったガラスの絶壁に指ひっかけて、上に登ろうと足掻いてる気分だ。
「オティアっ?」
シエンが慌てて追いかける。
続いて追いかけようとしたが、リビングで足が止まった。
情けない話だが、その時になってようやく、混乱した俺の脳みそはさっき目の拾った光景を理解することができたのだ。
まだ新しい食器洗浄機。ピカピカの銀色の表面が、鏡みたいに彼の顔を写していた。
相変わらずのポーカーフェイス、表情は変わらない。けれど紫の瞳の奥に……凄まじいまでの苦い絶望が沈んでいた。
あの目。
初めて会った時も、あんな風な目をしていた。
いや、あの時よりある意味酷い。
溺れながらすがりついた手を無理矢理振り払われて、水の底に沈んで行く瞬間……人はあんな目をするのかもしれない。
「やっちまった……」
唇を噛んで立ち尽くす。濡れた手のままで。
視界の隅でレオンとディフが一瞬だけ目を合わせ、レオン一人が立ち上がるのが見えた。
「ヒウェル。書斎に」
静かな声。穏やかな声。だが、逆らうことはできなかった。
次へ→【3-8-4】あの子達には時間が必要だ