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ローゼンベルク家の食卓

【3-7-6】食卓にて/dinner

2008/04/04 19:04 三話十海
「腹減ったー。今日の晩飯、何?」

 いつものように夕飯をたかりに訪れたヒウェルは食卓の上をひと目みるなり蒼白になった。

「俺に何か恨みでもあるのかーっ!」

 本日のメインディッシュはサンフランシスコ名物、カニ。
 ぶっとい足に赤い甲羅に丈夫なハサミ。ボイルされたおおぶりの奴が一人一匹ずつ、ずしん、どばん! と皿の上に鎮座していらっしゃる。

「予測通りのリアクションだな……そう言うと思って、お前の分はロブスターにしといてやったぞ」
「サンキュ、助かったぜディフ」
「前々から不思議だったんだ。シスコ出身なのに、なんでそう蟹が苦手なんだい?」
「あの甲羅のブツブツが苦手なんですよ! 見てるだけで、鳥肌が立つ」
「そうかなぁ」

 くすくす笑うレオンを恨めしげににらむと、ヒウェルは目の前の忌々しき物体から目をそらした。

 サンフランシスコではどっちを向いてもアレの看板にお目にかかる。魚屋の店先には必ずアレがでかい顔をして居座っている。
 だからグルメ企画、それも『シスコの一押しシーフード食べ歩きガイド』なんて仕事だけは極力避けているのだ。
 双子は首をかしげて皿の上のカニとロブスターを見比べている。やがてシエンが口を開いた。

「どうちがうの? どっちも赤くてハサミがあるのに」
「ロブスターはカニじゃない。ザリガニだ」
「阿呆か」

 食卓の中央にどん、どんっと大鉢に盛ったパスタが置かれる。ペペロンチーノとカルボナーラの2種類。
 各自の前には取り皿が置かれ、鉢にはトングが添えられている。
 要するに、食いたい奴は食いたいだけとって食え! と言うことだ。
 付け合わせは温野菜と、カボチャのスープ。こころもち緑黄色野菜が多め。カリフラワーは無し。

「できたぞ。冷めないうちに食え」

 最初のうち、双子はカニをどうやって食べればいいのかとまどっていた。
 ディフがばきっと景気良く甲羅を割るのを見てマネしようとしたが、なかなか上手く行かない。苦戦する二人に気づくとディフは立ち上がり、キッチンからカニ用のハサミをとってきた。

「ちょっと貸せ」

 ばき、べきっと甲羅に切れ目を入れて行く。

「ここの切れ目から割るといい。関節の部分で折って、引き出すとうまく取れるぞ」
「ありがと! 今まで一人一匹なんて食べたことなかったから」
「そうか……」

 すぐに二人ともコツをつかみ、手際良くカニを食べ始める様子をディフは目を細めて。ヒウェルは横目で、ちらちらと見守った。(カニの甲羅が直視できないのだ)

「なあ、ディフ。最近、パスタの出現率多くないか」
「オティアの好物なんだ」
「そうなのか?」
「……」

 もくもくと食べている。確かに気に入っているらしい。カルボナーラよりペペロンチーノの方が好みのようだ。

「なるほどね」

 食事が終わってから、シエンがぽつりと言った。

「どうしてレオンとディフは一緒に住んでないの?」

 ディフは思わず食後のコーヒーを吹きそうになる……が、寸前でどうにか踏みとどまった。

「ど……どうしてって……………」
「だって恋人なんでしょ? 隣の部屋に住んでるなら一緒に住んでも大差なさそうだと思って」
「……いかん、疑問に思ったことがなかった!」
「あー……ないんだ」


 カップを片手にレオンが苦笑する。
 本当は、遠慮がちにルームシェアを提案したのだ。ディフがこのマンションに越してくる時に。
 だがその時は、まだ二人は親友で……それでも高校の時ほど気軽に一緒に寝起きするには互いに意識しすぎていて、微妙な距離を保っていた。

 だから隣同士になるのが精一杯。
 恋人になってからも何となくそのまま月日を重ねてしまったのだ。

「……シエン、そいつが一緒に住むようになったら、俺達は出ていくことになるぞ」
「そんなこと、二度と言うな」
「ごめん、そういう理由で追い出されたことあるから」

 シエンが伏し目がちに答える横でオティアがぼそりと言い切った。

「いや普通に考えても誰が新婚家庭にいたいと思うかと」
「出てくつっても離さないから覚悟しとけ……って誰が新婚かーっ」
「あ、そっか……いくら恋人でもやっぱり同棲はじめるっていうと違うしね」
「そうそう」
「俺を無視して勝手に話進めるんじゃねえっ」

 歯をむき出して怒鳴るディフの隣から、やんわりとレオンが声をかける。

「できれば俺のことも忘れないでいてほしいな」
「……あ」

 ちらっとレオンの顔を見て、真っ赤になってぽそぽそと口にする。『一緒に住まない』理由を探しながら。言葉を選びながら。

「…一緒に住んだら…きっと…ますます甘えてしまうから……かな」
「ふぅん?」
「……適度な距離感が…あった方が……いいんだよ…今は。顔見たいと思ったらすぐ鼻つっこみに来られるし…」

 レオンがうなずく。

(そうだな……一緒に住んだら、きっと我慢できなくなる。君を俺だけのものにしたくなる。誰からも引き離されないように。名実ともに一緒に居られるように)

 今年(2005年)の1月から施行されたばかりのパートナー法の存在が頭をよぎる。

 子どもやパートナーを扶養する義務、パートナーが死亡した際に葬儀を行う権利、遺産相続税や贈与税の免除、家庭裁判所を利用する権利、裁判の際パートナーが法廷でパートナーに不利な証言を拒否できる権利、カップルになった学生が家族用の住居を使用する権利など。

 同性のカップルにも結婚とほぼ同程度の権利と責任が認められるようになったのだ。
 
(それでもね。俺は法の絆で君を縛りたくはないんだ。いつかきっと、つらい思いをさせてしまうから)

 だから……ほほ笑みをもって答えとし、彼の意志を肯定するに留める。


「俺はそもそもあまり家にいないから。ここは寝るための場所でしかなかった…少し前までは」
「…今は?」
「毎日一緒に食事してるだろ?」
「……うん………そうだな……」


(あー、もう、子連れで再婚するカップルじゃあるまいし)

 腹の内でつぶやきつつ、ヒウェルは黙々とキッチンで鍋を洗っていた。

 なーに今さらためらってんだろうねえ。高校ん時は2年も同じ部屋で寝起きしてたくせに。
 一緒の部屋にこそ住んでいないが、一ヶ月の間に何日同じベッドに寝てるのかね、君らは?

 ふと視線を感じて振り返ると、オティアがこっちを見ていた。何となくジムでぶつけた左の肘のあたりをうかがってるようだ。
 
 大丈夫だって。

 にまっと笑って左手を振る。
 まだちょっとうずいたが、んな事ぁどーでもいい。

「………」
「?」

 また、ぷいっと目をそらされてしまった。その隣でシエンが不思議そうに首をかしげ、入れ違いにこっちを見てきた。
 もう一度小さく手を振り、洗い物に戻った。
 やばいな。
 今、俺、にやけてるかも。


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