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ローゼンベルク家の食卓

【3-7-2】ちいさな鍋/breakfast

2008/04/04 18:55 三話十海
 翌朝。
 ディフはいつものように朝食の用意をしに来て、いつものようにお早うのキスを交わして……レオンの指の絆創膏に気づいた。

「どうしたんだ、これ」
「ああ、いや…」

 ばつの悪そうな顔をするレオンの手をとり、絆創膏の上からそっとキスをした。
 まさにその瞬間。

「おはよー」

 シエンがリビングに入ってきた。

「っあ、えと、んと………」

 その場で十センチ飛び上がりたいのをかろうじて自制し、速やかにレオンの手を離す。自分の手を背後に隠し、精一杯さりげない風を装った。

「………おはよう」
「何やってんだ」

 後ろでオティアの声がした。

(隠した意味がねぇっ!)


 ※  ※  ※  ※


 朝食の席で双子から昨夜の顛末を聞くと、ディフは歯を見せて豪快に笑い、ぽんぽんとレオンの肩を叩いた。

「不可抗力ってやつだろ、気にすんな、レオン」
「ああ……」

 相変わらず、ばつの悪そうな顔で言葉少なに朝食を口に運ぶ。そんなレオンの横顔を見ていると何だか懐かしくなってきた。

 この顔、高校の時によく見たな。
 パンを焦がした時とか。シャツのボタンつけ直そうとして指に針刺した時とか。
 自分でも失敗したなって思ってるんだ……。
 最近滅多にしなくなっていたのにな。何だか得をした気分になってきたよ、レオン。

 顔がほころぶ。

(ああ、まったく可愛いったらありゃしない)


 ※ ※ ※ ※


 朝食の片付けをしていてふと、小さな鍋を見つけた。

(こんなのあったっけ?)

 首をかしげつつ手にとってみる。
 軽い。
 けっこう使い込まれている。
 表面の焦げ方や内側の傷のつき方から察するに、炒め物、焚き物、煮物……ありとあらゆる用途に使い倒されているらしい。
 それにしても、軽い。

「あ、もしかして……シエンか?」

 そう言えば何度かこれを使っていた。
 何気なく「米を炊いてくれるか」と言ったらいそいそとこの鍋を出してきたのだ。いつも自分が使うオレンジの鋳物の鍋ではなく。

「そうか、あの子の手にはこれぐらいの大きさと重さがちょうどいいんだ」

 真新しい食器洗い機に皿と洗剤をセットし、スイッチを入れる。

「そーいやこいつも帰ってきたら増えてたんだよな……」

 おそらく自分がいない間の家事分担を軽減すべく導入されたのだろう。
 言い出しっぺは……多分、ヒウェルだな。

「あれ?」
「む」

 リビングの方で双子が何やら顔をつきあわせている。
 エプロンを外しながらそれとなく見てみる。袖をまくって腕を並べているようだ。

「おや?」

 シエンの方が、若干……だが、明らかに筋肉がついている。
 どうやら四週間の間、重たい調理器具を上げ下げしている間に自然と鍛えられてしまったらしい。
 さながら、一日ごとに伸びる麻の苗を飛び越す間に足腰が鍛えられるニンジャのように。

(って言うかあれ実話なのか?)

 あやうく浮遊しかけたイマジネーションの尻尾をひっつかみ、現実に引き戻して考える。
 そう言えばあの子ら、運動不足なんだな。ほとんど外に出てないし。

「ふむ」

 幸い、このマンションには屋内ジムが付属している。自分も時々、いやしょっちゅう利用している。さすがに子ども二人だけで行かせるのはちょっと考えものだが……。

 頭の中で今日のスケジュールを確認する。予定通りに運べば夕方は早めに上がれそうだ。
 エリックに頼んだ分析結果がいつ出るかが勝負ってとこだな。

(後で電話入れとくか)


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