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ローゼンベルク家の食卓

【3-7-1】がしゃん!/midnight

2008/04/04 18:54 三話十海
 がしゃん。

 夜の静寂の中、何かの割れる音が響く。シエンはびくっとして目を開けた……ベッドに横たわったまま。

 がったーんっ……

 続いて今度はもっと派手に何かをひっくり返す音がした。カラコロと何やら固いものが床の上を転がる気配も伝わってくる。

(誰か来た? まさか、泥棒?)

 布団の中で肩をつかんで堅く身を縮める。隣のベッドでオティアが起きあがる気配がした。

「オティア……」
「見てくる」

 何故? 何を? 言葉を交わす必要なんてない。お互いの考えは手にとるようにわかる。

(お前のことは、俺が守る)


 ※ ※ ※ ※


 足音を忍ばせてリビングに行く。灯りはついていた。
 のぞきこむと、床の上に物が散乱している。包帯や傷薬、軟膏、湿布薬、ガーゼ。
 そしてフタの開いた状態で転がった救急箱の傍らに、レオンが立っていた。

「あ」
「……やあ」

 こっちを見て、ばつの悪そうな顔で、笑った。右手の人さし指に小さな切り傷。
 ひと目見てオティアはおおよその事態を把握した。

 最初の「がしゃん」で何かを壊して。片付けようとして指を切って。手当をしようとして……二次災害を引き起こしたってとこか。
 こんな時に真っ先にすっ飛んで来る奴の姿が見えないのが不思議と言えば不思議だが、少し考えてすぐ、納得が行った。

 泥棒でも強盗でもないとわかったのだろう。びくびくしながらシエンがやってきて、背後からそろりと顔を出した。

「レオン?」
「驚かせてしまったかな、すまない」


 ※  ※  ※  ※

 オティアが床の上を片付けている間、シエンはレオンの指の傷を消毒して絆創膏を巻いた。

「はい、おしまい」
「ありがとう」

 救急箱のフタを閉めてから、ふときょろきょろと周囲見回して、シエンはきょとんと首をかしげた。

「ディフは?」
「ああ、今日はもう帰ったよ」

(帰った?)
(どこに?)

 キッチンの皿の破片を回収し、ちり取りを抱えたオティアがやってきてぼそりと言った。

「隣だろ」
「あ」

 そう、ディフの自宅は隣の部屋。

 だけどいつも朝、起きると台所に立っていて朝ご飯を作っているし。夜、おやすみを言う時もリビングか台所にいる。

 レオンが帰っている時は寄り添って。たまにヒウェルと何か話し込んでる時もある。
 この部屋を出て行く時は「行ってきます」。
 入ってくるときは「ただいま」。

 自分やオティア、レオンが戻ってきたときはもちろん「お帰り」。
 朝も夜もこの部屋に居て、自分の部屋に戻るのはそれこそ眠る時だけ……退院してからはそれさえも滅多になくなってきた。

 だからなんだ。「帰った」ってレオンに言われて、どこに行ったんだろうと思ってしまったのは。

(何で、ディフはわざわざ隣に帰ってるんだろ?) 


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