▼ 【2-5】Postman
あれから一週間。
双子は一度も部屋から出てこない。少なくとも俺がレオンの家にいる間は。
「あいつら飯、食ってるのか?」
聞いたらディフはむすっとした顔で
「少しな」
と答える。そしてまた黙って飯を食う。
ここんとこずっと、同じ部屋にこそいないが双子につきっきりらしい。ほとんど自分の部屋にも戻らずに。
ディフが仕事の時はアレックスが来て、交替で付きっきり。
こいつを出し抜くぐらいその気になれば簡単だ。しかし、何かを守ろうとする時の暴れっぷりもよく知っている。あえて危険を侵したくはなかった。
それに……唯一、引き綱を握ってるレオンも今回ばかりは止めないだろう。
「ごちそーさん」
「皿はキッチンに運んどけよ」
「へいへーい」
汚れた皿をシンクにつっこみ、ふと横を見る。俺がさっき食ったのとは別にスープが用意してあった。
あれが双子の分か……ほんとに少ししか食ってないんだな……。
舌の奥がやけに苦い。
胸がむかつく。
ヤニが切れたか。それともカフェインか。早いとこヤサに戻って補給しよう。
そうすりゃすぐに直るさ……。
自宅に戻り、煙草をふかす。
一本、二本、まだ収まらない。
三本、四本。吸い殻ばかりが増えて行く。仕事はいっこうにはかどらない。
「コーヒーでも入れるか……思いっきり濃いやつ」
キーボードから手を離してのびをしたその時、呼び鈴が鳴った。
「はいはい」
レオンかな。
また説教でもたれにきたか。ぐいっと煙草を灰皿にねじ込み、立ち上がる。積み上げた資料がばさばさと床に落ちた。
舌打ちしつつ雑に脇に除けてとりあえず通り抜けるすき間を作っている間に、また鳴った。
よっぽどお急ぎらしい。
「今開けますって……あれ?」
予想に反して立っていたのはシエン。
何を言えばいいのか。
何を聞けばいいのか。
とっさに声が出てこなかった。
阿呆みたいに突っ立ってると、シエンがぐいっと両手に抱えた紙の束をつきつけてきた。
「……なんだ、これ?」
受けとる。
大きさも紙質も不揃いで、しかもえらくよれよれだ。
「…渡したからね」
それだけ言うと、後ろも見ずに走って行った。
デスクの前に戻り、書かれた内容に目を通す。
オティアの書いたものだった。
俺たちと出会う前に自分の身に起きたことが綴られていた。
ところどころ支離滅裂で、文法も構成もあったもんじゃない。
それ故に生々しい。
自分の中に刻まれた消えない記憶を紙に叩き付けるように文字にしている。一度書いた部分をぎっちり横線で塗りつぶしたり。
あきらかにペン先が潰れたんじゃないかと思うような、刺し跡があったり。
紙そのものをぐしゃりとにぎりつぶし、また広げたのも何枚か混じっていた。
びりびりに引き裂いたのを丁寧に張り合せたページもあった。
筆跡の壮絶さとは裏腹に、文体そのものは淡々としている。
何をされたのか。『撮影所』に居た男たちの人数、服装、撮影所に使われていた倉庫の場所。
あらゆる部分がかなり正確で、細かい。
「観察力あるんだな、あいつ…」
所々、ちょっと紙がよれってたり、字がにじんでたり、一部判読不可能な場所もある。
涙の跡だ。
時折、微妙に筆跡の違う紙が混じっている。
ここは……シエンが代筆したのだろうか。
双子がもがき苦しんでいる痕跡がありありと……書かれた事実以上に紙の状態に現れていて。
じりじりと石炭の火を飲み込んで。内側から腑が灼けるような気がした。
読みながら何度か眼鏡を外し、顔を覆う。
「きったねえ字……」
乱れてかすれた文字の向こうに、胎児みたいに体を丸めたオティアの姿が見える。
紫の瞳を見開いて。
血が出るほど唇を噛みしめて。
畜生。
あいつはたった十六なのに。
これが既に起きてしまったことだって事が、あまりに悔しくて。何もできなかった自分がもどかしくて。
喉の奥から塩辛い波がせり上がる。
「くそ……読みづらいったら……ありゃしねえ」
目の前が滲む。きっと目が疲れてるんだ。
それだけだ。
※ ※ ※ ※ ※
それからも何度か同じようなメモが届いた。
メッセンジャーはシエン。いつも目が真っ赤で、来るたびにやつれて行く。
渡すだけ渡して、返事もしないで帰って行く。
ある日、ためらいがちに声をかけた。
「シエン……その………これだけの資料があれば……もう充分だ。ありがとう」
ちょっとだけ足を止めて振り返る。けれどやはり何も言わない。
「後は…俺がやる……ごめん……」
黙ったまま。歩いていってしまった。
たった十六の子どもが。
必死で二人、支え合って。
ここまでもがき苦しんで教えてくれたんだ。
何が何でも潰してやる、きれいに終わらせてやる。
俺は警官でもソーシャルワーカーでもカウンセラーでもない。だから俺のやり方でやる。
いつもならここでレオンとバトンタッチするところだ。最低でもディフに応援を頼むだろう。
だが行き先と、相手の人数がわかってるんだ。
気をつけさえすれば俺一人でもやれると見た。
俺一人でやらなきゃいけないと思った。
逃げ足の早さには自信がある。しかし万が一の場合には備えておこう。
オティアのメモをまとめてファイルして、封筒に入れて。
『レオンへ』と宛名を書いてデスクの上に乗せる。
俺の身に何かあったとき、この部屋に入るのはレオンかディフ、あの二人のうちどちらかだ。
必ず彼の手に渡る。
オティアの書いた地図はやたらと正確だった。目的地の地図上の座標はすぐに突き止めることができた。
財布と携帯と、ボイスレコーダーと、カメラ、ノート、ペン、そして小型のマグライト。
そして忘れちゃいけない、煙草とライター。
必要なものだけ懐に突っ込んで車に乗り込んだ。
「さて……戦闘開始だ」
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双子は一度も部屋から出てこない。少なくとも俺がレオンの家にいる間は。
「あいつら飯、食ってるのか?」
聞いたらディフはむすっとした顔で
「少しな」
と答える。そしてまた黙って飯を食う。
ここんとこずっと、同じ部屋にこそいないが双子につきっきりらしい。ほとんど自分の部屋にも戻らずに。
ディフが仕事の時はアレックスが来て、交替で付きっきり。
こいつを出し抜くぐらいその気になれば簡単だ。しかし、何かを守ろうとする時の暴れっぷりもよく知っている。あえて危険を侵したくはなかった。
それに……唯一、引き綱を握ってるレオンも今回ばかりは止めないだろう。
「ごちそーさん」
「皿はキッチンに運んどけよ」
「へいへーい」
汚れた皿をシンクにつっこみ、ふと横を見る。俺がさっき食ったのとは別にスープが用意してあった。
あれが双子の分か……ほんとに少ししか食ってないんだな……。
舌の奥がやけに苦い。
胸がむかつく。
ヤニが切れたか。それともカフェインか。早いとこヤサに戻って補給しよう。
そうすりゃすぐに直るさ……。
自宅に戻り、煙草をふかす。
一本、二本、まだ収まらない。
三本、四本。吸い殻ばかりが増えて行く。仕事はいっこうにはかどらない。
「コーヒーでも入れるか……思いっきり濃いやつ」
キーボードから手を離してのびをしたその時、呼び鈴が鳴った。
「はいはい」
レオンかな。
また説教でもたれにきたか。ぐいっと煙草を灰皿にねじ込み、立ち上がる。積み上げた資料がばさばさと床に落ちた。
舌打ちしつつ雑に脇に除けてとりあえず通り抜けるすき間を作っている間に、また鳴った。
よっぽどお急ぎらしい。
「今開けますって……あれ?」
予想に反して立っていたのはシエン。
何を言えばいいのか。
何を聞けばいいのか。
とっさに声が出てこなかった。
阿呆みたいに突っ立ってると、シエンがぐいっと両手に抱えた紙の束をつきつけてきた。
「……なんだ、これ?」
受けとる。
大きさも紙質も不揃いで、しかもえらくよれよれだ。
「…渡したからね」
それだけ言うと、後ろも見ずに走って行った。
デスクの前に戻り、書かれた内容に目を通す。
オティアの書いたものだった。
俺たちと出会う前に自分の身に起きたことが綴られていた。
ところどころ支離滅裂で、文法も構成もあったもんじゃない。
それ故に生々しい。
自分の中に刻まれた消えない記憶を紙に叩き付けるように文字にしている。一度書いた部分をぎっちり横線で塗りつぶしたり。
あきらかにペン先が潰れたんじゃないかと思うような、刺し跡があったり。
紙そのものをぐしゃりとにぎりつぶし、また広げたのも何枚か混じっていた。
びりびりに引き裂いたのを丁寧に張り合せたページもあった。
筆跡の壮絶さとは裏腹に、文体そのものは淡々としている。
何をされたのか。『撮影所』に居た男たちの人数、服装、撮影所に使われていた倉庫の場所。
あらゆる部分がかなり正確で、細かい。
「観察力あるんだな、あいつ…」
所々、ちょっと紙がよれってたり、字がにじんでたり、一部判読不可能な場所もある。
涙の跡だ。
時折、微妙に筆跡の違う紙が混じっている。
ここは……シエンが代筆したのだろうか。
双子がもがき苦しんでいる痕跡がありありと……書かれた事実以上に紙の状態に現れていて。
じりじりと石炭の火を飲み込んで。内側から腑が灼けるような気がした。
読みながら何度か眼鏡を外し、顔を覆う。
「きったねえ字……」
乱れてかすれた文字の向こうに、胎児みたいに体を丸めたオティアの姿が見える。
紫の瞳を見開いて。
血が出るほど唇を噛みしめて。
畜生。
あいつはたった十六なのに。
これが既に起きてしまったことだって事が、あまりに悔しくて。何もできなかった自分がもどかしくて。
喉の奥から塩辛い波がせり上がる。
「くそ……読みづらいったら……ありゃしねえ」
目の前が滲む。きっと目が疲れてるんだ。
それだけだ。
※ ※ ※ ※ ※
それからも何度か同じようなメモが届いた。
メッセンジャーはシエン。いつも目が真っ赤で、来るたびにやつれて行く。
渡すだけ渡して、返事もしないで帰って行く。
ある日、ためらいがちに声をかけた。
「シエン……その………これだけの資料があれば……もう充分だ。ありがとう」
ちょっとだけ足を止めて振り返る。けれどやはり何も言わない。
「後は…俺がやる……ごめん……」
黙ったまま。歩いていってしまった。
たった十六の子どもが。
必死で二人、支え合って。
ここまでもがき苦しんで教えてくれたんだ。
何が何でも潰してやる、きれいに終わらせてやる。
俺は警官でもソーシャルワーカーでもカウンセラーでもない。だから俺のやり方でやる。
いつもならここでレオンとバトンタッチするところだ。最低でもディフに応援を頼むだろう。
だが行き先と、相手の人数がわかってるんだ。
気をつけさえすれば俺一人でもやれると見た。
俺一人でやらなきゃいけないと思った。
逃げ足の早さには自信がある。しかし万が一の場合には備えておこう。
オティアのメモをまとめてファイルして、封筒に入れて。
『レオンへ』と宛名を書いてデスクの上に乗せる。
俺の身に何かあったとき、この部屋に入るのはレオンかディフ、あの二人のうちどちらかだ。
必ず彼の手に渡る。
オティアの書いた地図はやたらと正確だった。目的地の地図上の座標はすぐに突き止めることができた。
財布と携帯と、ボイスレコーダーと、カメラ、ノート、ペン、そして小型のマグライト。
そして忘れちゃいけない、煙草とライター。
必要なものだけ懐に突っ込んで車に乗り込んだ。
「さて……戦闘開始だ」
次へ→【2-6】潜入