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ローゼンベルク家の食卓

【2-4】俺は記者なんだよ

2008/03/13 1:13 二話十海
 あれから三日経ったがオティアは一向に部屋から出てこない。
 こっちから出向いても、シエンがドアの前に踏ん張っていて通してくれない。

「オティアはだめだよ」

 見てくれは可愛い番人さんだが中味はオティアと変わらず頑固で。断固として通してくれない。

「…しょうがねぇなあ…」

 また一日、無駄にしちまうのか。
 一服やりたい心境だが双子の部屋の周りでは禁煙をきつく言い渡されている。舌打ちするのが関の山だ。

「……………もう来ないで。無理に聞き出そうとするなら、もう来ないで!」


「優しく聞いても話そうとしないのはそっちだろう? 別に無理強いした覚えは…ないぜ」


「それでどれだけオティアが苦しんでるのか、わかってない!」

 体を折り曲げて、はらわたから絞り出すような声で叫んでいる。この子でも、こんなに激しい声を出すことがあるんだな。

 紫の瞳の奥に激しい怒りと、それよりもなお強い怯えが揺れている。
 いや、荒れ狂ってるって言った方がいいな、既にこのレベルは。

 まるで追いつめられて逃げ場を無くした小動物だ。
 ここは同情すべきだろうか。それとも敢えて冷静に突き進むべきか……。
 ほんの少しだけ迷う。
 どうすればいいって? わかり切ったことじゃないか。
 取材対象の感情に捕われるな。引きずり込まれたら最後、自分の立ち位置を見誤る。

 かと言って、ここで上辺だけとりつくろって『優しいひと』に見せかけるのは論外だ。やろうと思えばできないこともないんだが、少なくともこいつらと向き合う時は……その手のごまかしは打ちたくない。


「ああ…わからないよ……あいにくと俺は凡人でね」

 屈み込み、シエンと同じ高さに目線を合わせる。ひとこと、ひとこと、噛んで含める様にして話しかけた。

「俺は…記者なんだよ。ソーシャルワーカーでもカウンセラーでもない…」

 にらまれた。
 そんな所だろうな。予想の範囲内だ。

「じゃあな、シエン。またな」

 答えを聞かず、背を向けて歩き出す。リビングでディフとばったり出くわした。
 
 にらまれた。

 今日はよくにらまれる日だ。
 おーおー、地獄の番犬みたいな面しやがって、今にも噛み付きそうだぜ。実際出るとしたら牙じゃなくて拳だろうけどな。

 ……やっぱ聞かれたかな、さっきの会話。

 肩をすくめてすれ違い、足早に部屋を出た。


  ※  ※  ※  ※


 ヒウェルと入れ違いに双子の部屋に向かった。
 俺の足音を聞きつけるとシエンは慌てて部屋に入ってしまった。

 閉ざされたドアをノックをしようとして、結局できずに引き下がる。

 夕食の時間になっても双子は部屋から出てこない。
 二人ぶんの食事をトレイに乗せて廊下に置いておいたが、まったく手がつけられていない。
 さすがに心配になって声をかけてみた。

「シエン。オティア?」

 返事が無い。
 細くドアを開けて中のぞきこんでみると、一つのベッドの中で二人、ぴったりとくっついて眠っていた。
 まるでお互いを守ろうとするように。

「…………」

 きりきりと胸が締めつけられた。
 できるのものなら傍に行って、抱きしめてやりたいと思った。けれど、俺はまだそこまであの子たちに受け入れられていない。ここで近づいたところで、怯えさせるだけだ。(あいにくと自分の柄の悪さには自信がある)

 だから何もせず、静かにドアを閉めて。手つかずの夕食を下げる。

 リビングのソファに座ると、ため息がもれた。
 ちらりと時計を見る。

 まだレオンは帰ってこない。とてもじゃないが自分の部屋に引き上げる気になれず、そのまま待つことにした。
 
 あの子たちを二人っきり、暗い家の中に置き去りにしたくない。

 しちゃいけない。

 今はまだ、その手を握ることはできないけれど。せめて……レオンの帰るまでは。

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