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ローゼンベルク家の食卓

【2-3】真実こそ我が生業(つとめ)、されど

2008/03/13 1:12 二話十海
 記者になりたい。
 高校生の時、話したらディフにこう言われたことがある。

ルー・グラントみたいな?」
「いや……どっちかっつーとコルチャックかな」

 そして今、俺は宣言通り、コルチャックばりにうさんくさい事件ばかり追いかけて日々の暮らしを立てている。
 危ない所に踏み込みすぎて、死にはぐったのも一度や二度じゃない。
 時にはレオンやディフ、もっと多くの友人知人を巻き込んでどうにかこうにか生き延びてきた。

 ファッション欄やインテリアコーナー、芸能ゴシップ、はてはペットの記事なんかも手がけるが…やっぱり事件を追いかける時が最高に心が躍るね。

 もはや性分、染み付いた本能だ。
 何だってそんな無茶ばっかりやってるのかと問われれば、単純に『好きだから』としか言いようがない。

 しかし今回は正直焦っていた。
 これまでの調査でオティアを買い取った先の正体はつかめた。しかし肝心の場所がわからない。
 シスコを中心に拠点をいくつか持っていて、ヤバくなると次々に移転している。

 尻尾を掴むどころか、ヒットするのは抜け殻ばかり。
 こうなると唯一の手がかりは実際に捕えられていたオティアしかない。
 だが……。

 施設のこと、仲買人のことまではぽつりぽつりと話していたオティアだったが、肝心の『撮影所』のことになると貝のように口を閉ざしてしまうのだ。

 調査は一向に進まず、時間ばかりが流れてゆく。このままじゃいつまでたってもあいつらは自由になれない。
 苛立ちをつのらせつつ、ヒウェルは今日もオティアを自宅兼事務所に呼び出した。

「……言いたくない」 
「参ったな。そんなに俺のこと信じられないか」

 つらそうな顔をしている。ほとんど表情を動かさないこいつにしては珍しい。
 つらいのは百も承知だ、しかし、あまり時間をかけたくはない。最近、どうもキナ臭い領域に踏み込んできたなとひしひしと感じる。
 タッチの差でヤバい連中とのニアミスを回避したことも一度や二度ではない。
 一日、いや一秒でも早くケリをつけたい。
 そのためには、オティアの証言が不可欠なのだ。

「頼むよ……あいつらが二度とお前にちょっかい出さないように…徹底的に叩き潰しておきたいんだ」
「……」

 黙って首を振った。
 くそ、また空振りか。
 コーヒーメーカーの中味は既にどろどろに煮詰まっていかなヒウェルと言え既に口にできる状態ではない。
 煙草を一本くわえてライターで火をつけて、一服ふかしてから問いかけた。

「煙草、いいよな?」

 答えは無い。そもそも期待すらしちゃいない。

「ちゃんと約束通り兄弟に会わせてやったじゃないか。ちょっとは信じてくれよ」
「……そうじゃない」
「…じゃあ、何なんだ?」
「……」

 返事はない。
 また、だんまりか。くそ、こうなりゃ根比べだ。

 煙草をふかしつつ横目でちらりと見ると、ぎちっと左胸のあたりを掴んでいる。
 関節まで白く血の気を失った指の下で青いセーターが皺になっている。
 顔色が、真っ青だ……。

「おい、オティア?」

 思わず駆け寄り、肩に手を置いた。触れた瞬間、びくんっとオティアの全身が雷に撃たれたように大きく震えた。
 一秒か二秒の間、彼は凍り付いていた。どう孔の収縮した紫の瞳を見開き、まるで石の像にでもなったみたいに身じろぎもしなかった。

 どうした、オティア。
 呼びかけようとした瞬間、びしっと手が払われる。衝撃が骨に響くほど強く。

「ってぇなあっ」

 そのまま彼は身を翻し、部屋を飛び出して行く。

「オティア!」


 慌てて追いかけたが、完全に出遅れた。廊下に飛び出すと、タッチの差でエレベーターの扉が閉まった所だった。

「くっそーっ」

 ランプの表示を確かめる。
 上か?
 下か?

 ……上だった。

「上か……上なら……まだ、心配ないよな……」

 おそらくレオンの部屋に戻ったのだろう。この時間なら、おそらくアレックスかディフのどちらかがついているはずだ。

 シエンもいるし……。

 って俺、何やってんだ?

 愕然とした。
 
(なんで、あそこでオティアに近づいたりしたんだ。声かけたりしたんだ!)

(動揺してるってことはがっちり着込んだ鎧にすき間ができたってことだ。あそこで仕掛ければ上手くすれば聞き出せたはず……)

(ってか、いつもそうして来たじゃないか!)

「……どうかしてるぞ、ヒウェル」

 ぐしゃぐしゃと髪の毛をかきあげると部屋に戻った。

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