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ローゼンベルク家の食卓

【2-2】ヒウェル捨てられる

2008/03/13 1:10 二話十海
 一方、ヒウェルは人身売買組織摘発の顛末を記事にまとめるのに没頭していた。
 施設の職員からづらづらたどって、オティアを買い取った児童ポルノの撮影元まであと少しでたどり着こうとしていた。
 本来の里子の追跡レポートと同時進行だからまさにデスパレードな状況で。ちょいといい仲だった彼氏のこともついつい放置ぎみに。

 当人から電話がかかってきてようやく気づいた。この一ヶ月、一度も連絡していなかったな、と。

「最近……電話してくれないね。デートにも誘ってくれないし」
「ごめん、仕事、忙しくて。もうしばらくかかりそう」
「…あ、そ。じゃ、さよなら」

 ぶちっと電話を切られる。
 かけ直したが、繋がらない。どうやら着信拒否をかけられたらしい。舌打ちして携帯を閉じてから、ふと……昨日が相手の誕生日だったなと思い出した。

「あーあ、終わりってことですか。うん、まあそーゆーもんだよね」 

 肩をすくめて、仕事に戻った。
 所詮、その程度のつきあいだ。縁がなかったんだよ。

 グッバイ、ダーリン。幸せにな。



  ※  ※  ※  ※


 オティアを買い取った先の『撮影所』はどうやら、チンピラどもが資金稼ぎに運営していた所だったらしい。

 レオンが言うには、おそらくマフィアの下請けのそのまた下請けじゃないかと。
 俺も同意見だ。
 施設の前でオティアを連れ去ろうとしていた連中は、センスの悪い服装といい適度な逃げ足の早さといい、まさにそんな感じだった。

 そう言う連中に限って下手に刺激すると逆上して何やらかすかわかったもんじゃない。脳みそが足りないぶん、すぐに行動に出るから厄介だ。
 このマンションにいればオティアもシエンも安全だろうが…いつまでも家に引きこもりって訳にも行くまい。

 この機会に、後腐れ無くきっちり潰しておくのに限る。
 自然とレオンとの打ち合わせにも熱が入るが……ふとした拍子にため息が漏れる。

「ヒウェル。どうした?」
「え?」
「ひどい顔、してる」
「まいったな……そんなに?」

 うなずかれた。

「まあ、大したことじゃないんですけどね……仕事に没頭しすぎて、彼氏と別れました。ってか、捨てられた?」
「おや」
「その程度のつきあいだったってことですよ……たまに会って、食事して、ベッドで楽しめばOKって感じ?」
「あいかわらずだね」

 同情でもない。たしなめるでもない。ただ、事実を理解したと的確に伝えてくる。
 だからレオンにはためらいもせずに言えるのだ。
 ディフが相手だとこうはいかない。

 裏に含むものがないとわかっちゃいるんだが……あの男はまっすぐすぎて、白すぎて。
 一緒にいると自分の薄汚れた狡猾さが際立ち、いたたまれなくなる瞬間がある。

「…正直言うとね。俺、あなた達が羨ましいんだ。だから…つい、からかいたくなる。ディフがまたいーい反応するから…」
「からかうのはかまわないが、やりすぎないようにしてくれよ……反応が面白いのは認める」
「OK、ほどほどにしとく」

 スリープ状態になったノーパソの液晶画面に顔が写る。
 ……うわ、ほんと、ひどい顔だ。目の下にクマできてるし(いや、これは主に仕事のせいか)眉間に皺がよっちゃってるよ。

 レオンならずともこりゃ聞きたくなろうってもんだ。『どうした』って。
 ため息、二つ目。今度はふかぶかと腹の奥から。

「時々、不安になるんだ。俺にも……レオン、あなたほど人を好きになることができるんだろうか」
「まだ、出会ってないだけさ。真実心を傾けるべき人に」

 他の相手が言ったなら、んなまさか、と笑い飛ばす所だろうが。さすがに10年近く前に『真実心を傾けるべき』相手に出会っちまった奴の言うことは重みがある。

「いつだって指先と口先ですり抜けてきたからなぁ。真実と向き合うのが、怖い」
「その時がきたらわかるさ。大切なのは、逃げないことだ。自分の心から」
「逃げない、か……」

 俺は……逃げてなんか、いない。
 たぶん。

「……あんな……十歳近くも年下の目つきも性格もひねくれたガキに夢中になるなんてっ」

 少しくすんだ金髪に優しい紫の瞳。だが口をひらけば飛び出すのは生意気な冷めた言葉。シエンと再会してから、冗談みたいに強気になりやがって。
 出会った時のあの消え入りそうな弱々しさはカケラもありゃしねえ。

「自分が心底、信じられねえっ」
「案外あの子達かもしれないね。ディフも随分気にしてる。」

 気づいてたのか、この人は。
 ……そら気づくわな。ディフのやつ隠そうともしていなかったし。

「いいんすか? それで。あなたはずっと奴を見てた…10年以上も。やっと恋人になれたってのに」
「忍耐力はあるほうなんだ。それに…」
「それに?」
「俺もあの子達が可愛くなってきた。情がうつったというのかな」

「……」

 思わず両手をあげて、『お手上げのポーズ』をとる。

「やっぱりかなわないや、あなたには」
「名目上の保護者は俺になっているからね」

 ふとレオンは人の悪そうな顔で笑った。

「君たちがもし結婚でもすることになったら、バージンロードを歩く役はやらせてもらえるかもしれないね」
「……」

 うーわー、想像したくねえ……。
 すると何か? 俺はレオンに頭下げて言わねばならんのか。

「息子さんを俺にください!」と……

 ……。
 ……………。
 ナイアガラの滝にバンジージャンプかます方がマシかも知れん。

 それからしばらくの間、オティアと腕を組んでバージンロードを歩いて来るレオンの夢にうなされた。

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