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ローゼンベルク家の食卓

【2-1-1】秋のおわり、冬のはじまり

2008/03/13 0:59 二話十海
 季節は秋から冬に移りつつある。
 そろそろ厚手のジャケットかコートを出しておくべきか。手袋もあった方がいいかな。

「よう、マックス」

 馴染みの洋品店の店員は上機嫌に声をかけてくれたが、選んだ品物を目にすると遠慮勝ちに言ってきた。

「そいつはお前さんにはちょっと小さすぎるんじゃないか?」
「いいんだよ、俺が着るんじゃないから」

 シンプルな手袋とハーフジップのフリース。形とサイズは同じで色違い。
 オティアはどうやら青系が好きらしい。シエンは穏やかなアースカラーを好む傾向が強い。

 うっかりレオンに任せたらカシミヤ100%のセーターを買ってきた。
 肌触りが良いと双子には好評だったが、さすがにあれは洗濯に手間がかかる。成長期の子どもが普段から着るにはいささか不向きだ。

 オティアとシエンがレオンの元に引き取られてから早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。

 二人はほとんどマンションから出ることもなく、暇を持て余しているようだった。
 オティアはレオンの書斎の本を片っ端から読みはじめ、シエンはと言うと何をするでもなく。

 いつも部屋の中で所在なさげにぼーっとしている。
 TVは見たくないらしい。

 一度、うっかりヒウェルのやつがつけっぱなしにしていた画面から事件の再現ドラマだか、映画だかの1シーンが流れていて。
 ひと目見るなり表情が強ばり、がたがた震え始めた。

 慌てて消した。

 シエン(当時はオティアと入れ替わっていた訳だが)の里親は元々彼を純粋に給料の要らない店員として手元に置くつもりだったらしい。
 
 怯えて泣くばかりだった彼を持て余し、誘拐された時も『家出人』として捜索願いを出したきり、積極的に探そうとはしていなかった。

 シエンを引き取りたいとレオンが申し出ると露骨にほっとした表情をして快諾したらしい。

『理解してるさ、別に彼らが”冷酷”な訳じゃない。”義務”は果たしてる。ただ少しばかり消極的なだけだ』

(……そうだな、ヒウェル。お前の言う通りだ)

 買ったばかりの衣類を抱えて店を出る。

 びゅうっと突風が吹き付ける。
 故郷のテキサスほど乾いちゃいないが、シスコも曇った日は意外に冷える。

 次は食料品だ。
 食卓を囲む人数が増えた分、仕度に手間はかかるようになった。献立にも頭を悩ますようになったが、今はそれなりに楽しい。

 最初に飯を作るようになったのは確か高校の時だった。
 寮の食事はカサは多いが味はお世辞にも美味いとは言いがたく。たまりかねて部屋の簡易キッチンで朝飯を作った。
 パンケーキとスクランブルエッグにベーコンを添えて。
 一人作るのも二人作るのも同じだからと、当時ルームメイトだったレオンの分も用意した。

 それまで何を口にしても嬉しそうな顔をしなかったあいつが、その時、初めて笑顔を見せたのだ。
 優しげなかっ色の瞳に温かい色が浮かんでいた。礼儀正しい作り笑いなんかじゃない、心の底からあふれる素直でまっすぐな笑顔だった。

 そいつをひと目見た瞬間、ごく自然に口にしていたのだ。

「また、作るよ」と。


 自分は凡人だ。
 あの子たちのためにできる事なんざ限られている。だったら、己の手に負える範囲で最善を尽くすまでだ。

 ぐいっと顔を上げるとディフは歩き始めた。首筋を覆う赤い髪をたてがみのようになびかせて、向かい風の中を。

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