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ローゼンベルク家の食卓

【1-5】CatchUp Twins

2008/03/11 4:40 一話十海
 優秀な鑑識捜査員の協力と気苦労、そして若干の胃痛とひきかえに、ようやく双子の片割れの居場所が判明した。
『誘拐分布地図』の中心の情報を集めるにつれ、見えてきたのだ。最初はおぼろげに、次第にはっきりと……悪意の『巣』が。

「シスコの郊外の山ん中にな。潰れた屋内型遊園地を改装した工場があるらしいんだが……どーも胡散臭いんだよなあ」
「………」
「従業員はお前らぐらいの子どもばっかりでさ……職業訓練って名目になってるが、監視体勢が厳重すぎるんだ」
「………」
「見られたくない物を隠そうとすると自ずと箱がでかくなるってことかな。どうよ、シエン。一緒にオティアを迎えに行かないか?」
「この子も連れてこうってのか!」
「ああ、そうだよ。たぶん……近づけば、お互いにわかる……そうだろ、シエン?」
「…はっきりわかるわけじゃない」
「充分だ…お前が一緒なら、オティアにも伝わるんじゃないかな。助けに来たって。まーたお前ん時みたいに逃げられたんじゃ、かなわん」

 少年がうなずく。

「よし、決まりだ。歩きやすい靴履いてこうぜ。車は……俺が出す? それともお前さんが?」
「俺ので行こう」

 持ち主と同じくらいいかつい四輪駆動車はシスコの坂道も田舎の山道もおかまい無しにぐいぐい進む。
 午後の陽射しがだいぶ西に傾いた頃。いいぐあいにひなびた田園にもなれず、さりとてこぎれいなリゾートにも成り切れなかった中途半端に小さな町にたどり着く。

「ちょい、そこで停めて」
「どうした」
「煙草が切れた」
「……ガムにしとけ」
「やだね」

 そこはかとなく寂れた空気の漂うコンビニに入り、買い物がてら聞き込みをしてみると……不吉な事実が判明した。
 どうやら、件の職業訓練所は『従業員』が頻繁に入れ替わっているらしい。

「この前も似た様なこと聞かれたけど。あんた何者?」
「あ、わかる? 実は俺、FBIの捜査官なんだ」
「……あーそうですか」
「さらっと無視されたー」
「ドコの世界にんな怪しげなFBIがいるか!」
「いつもワイシャツ、ネクタイは欠かさないんだけどなぁ」
「お前はどんなきちんとした服着ても服の方がダラっとするからな」
「だったら次はタキシード着てやらあ」
「…無駄な努力」
「何?」

 忍び込むのは暗くなってからの方がいいだろう。
 話し合った結果、道路沿いのドライブインで時間を潰すことにした。

 この手の店はどこもかしこも型にはめたみたいに似ている。
 油染みた壁、ギンガムチェックのビニールのテーブルクロス、ガラスの蓋つきトレイの中にドーナッツとデニッシュ、たまにベーグル。

 調理場からはフライドポテトの香りが漂い、グリルの上ではいつも必ずバーガーが焼かれている。
 なぜか大概、生焼けでパンはぱさついている。
 幸い、チリはそこそこいける。いささか辛味が強いがヒウェルの基準からすれば充分に許容範囲だった。
 コーヒーは……入れたてならともかく、客の少ない時間は煮詰まっていて喉にいつまでもひっかかり、酸っぱい後味を残した。

「お前、よく飲めるな」

 においを嗅いだだけでディフが顔をしかめた。

「んー、まあ、毎日飲んでるやつと大差ないし。そう言やお前っていつもこう言う時はコークだよな」
「これなら、どこ行っても同じ味だ。一番安定してる」
「そーゆーもんかね」

 シエンはボトル入りの水を片手に黙って座っている。
 一見、ふて腐れているような顔をして。

 たらたらと他愛も無い言葉を投げ合いながら、その実二人は油断なく周囲の客の言葉に耳をすませていた。

 どうやら、件の工場の異様な雰囲気は町の住民も薄々察してはいるようだ。
 いたく興味をかきたてられているようで……。

 夜遅くに窓を黒く塗りつぶしたでかいバンが出入りしていたとか。
 ちらりと見たが働いている子どもらは何かにおびえたような顔をしていた、とか。
 工場の職員はどう見ても堅気じゃない。何やっているかわかったもんじゃない、等々。

 異口同音、好き勝手に喋り散らし、そして最後は決まってこう締めくくるのだ。

『ま、どのみち俺らにゃ関係ないわな』

 所詮は他所から来た連中のやること。
 見まい、聞くまい、関わるまい。基本的にノータッチを決め込んでいるらしい。
 
「あまり収穫はなし、か」
「いや……いくつかあったね」

 紙ナプキンでぐいっと口を拭うとヒウェルは立ち上がった。

「一つはお前さんのばかでっかい四駆でも楽に出入りできる程度に道のコンディションが保たれてるってこと」
「もう一つは?」
「動きがあるとすれば、深夜だってことだ」


   ※   ※   ※   ※   ※


 月の無い夜だった。
 天上高くきらめく星の光もここまでは届かず、手元にかまえた懐中電灯の丸い白い光が唯一の頼り。
 さすがに大型のは目立つから、ペンライトタイプの小さなのを一本ずつ持った。

 こんなに短いのですら、ディフのやつはライトの付け根の部分を持つ。
 身についた習性。いざとなれば目くらましを食らわせてから頑丈な柄の部分でぶん殴る気満々なのだろう。

 途中、何度かシエンに「そこ、やばい」と言われて立ち止まる。改めて注意深く見回すと警報装置や監視カメラが仕掛けられていた。

「よくわかったな」
「……ん」
「回避できるか、ディフ?」
「このタイプならな。そこが死角だ」
「よし……」

 まったく、この箱はでかすぎる。


 幾重にも重ねられたでかいでかい『箱』の中で生産されていたのは、どう見ても法定基準をぶっちぎりでオーバーした銃器類、そして『袋詰めされた白い粉末』だった。

「……どうする」
「とりあえず……撮っとく」

 機械の騒音に紛れてシャッターの音は聞こえない。中は煌煌と明るく、フラッシュをたく必要もなかった。


「どうだ、シエン。オティアはいるか?」

 返事は無い。うなずきもしない。ただ、彼は見つめていた。
 身じろぎもせず両目を限界まで見開いて、窓の中を食い入る様に。
 
 081008_1922~02_Ed.JPG ※月梨さん画「ほんとにそっくりだな」
 

 視線の先に、薄汚れた作業衣を来た、痩せた少年が居た。うつろな目でゆるゆるとただ与えられた作業を機械的にこなしている。
 伸び放題の髪の毛は目の前の少年と同じ、少しくすんだ金色。優しく煙るアメジストの瞳。
 目、口、鼻、耳、体を構成するありとあらゆるパーツが鏡に写したようにそっくりだ。

「……ほんとにそっくりだな」

 シエンの肩が震えている。
 あの子に会うために、こいつは命をかけたんだ。すぐにでも飛び込みたいだろう。それを必死でこらえている。

「もう少しの辛抱だ。今はまだ監視がきつい。終業時間まで待つんだ。灯りが消えたら、チャンスがある」
「わかって……る」
「そうかい」

 そのまま、物陰にうずくまってひたすら待った。

 そして深夜。
 他の従業員が『寮』に連れて行かれる中、当の探し人は他の数名の子どもとともに選り分けられ、別室に連れて行かれる。
 こそこそと追跡して窓から中をのぞきこむと…


 タイル張りの殺風景な白い部屋。おそらく、屋内遊園地だった頃の食堂の調理場を改築したのだろう。
 しかし、窓の外まで漂ってくるのは料理の臭いとは世界一遠い。
 過剰にまき散らした消毒薬でも消せない、腐った肉と乾いた血の臭い……死臭だ。

「医務室? いや、手術室……違うな。解体場だ」
「臓器密売か!」
「『商品』に『商品』を製造させてたんだ……効率いいね。人件費の節約にもなる」
「どうする、通報するか!」
「こんな田舎の警察に何を期待するって? 到着する頃にはあの子はバラのお臓物だぜ。今、やらなきゃ……意味がない」
「俺も…行く」
「……よし。じゃ、一つ条件がある」

 ディフの背中をぽんぽんと叩いた。

「コレの傍を離れるな」
「俺は弾避けか!」
「…弾避けは必要ない」
「おーこりゃ勇ましいこって。それとも……」

 小さな声で付け加えた。鏡の向こうで聞いた噂を思い出して。

「……ポルターガイスト……それともシックス・センスかな?」
「女の子がテレビと話すアレか?」
「はい、いいからあんたは前!」
「……」

 実際にはそんなに便利なものじゃない。

 少年は思った。
 なんとなく『弾の来る場所』がわかるだけなのだが、今ここでそれをいちいち説明する気にはなれなかった。

「時計、合わせろ……5分きっかりで俺が奴らの気ぃ引きつけるから。お前とシエンでつっこんでオティアを確保しろ」
「OK」
「陽動したら俺、全力で逃げるから後はよろしく。逃げ足には自信あるから!」

 ヒウェルが通路の向こうに消えて行く。

 手術台には服を脱がされた金髪に紫の瞳の少年がくくりつけられ、『作業』を待つばかりになっていた。
 周囲には順番を待つ他の子どもたち。酸素ボンベや薬品のビン、チューブ、その他もろもろが乱雑に並べられている。

(ここでは銃は使えない)

 ディフは一度構えた銃にセーフティをかけ直し、ベルトのホルスターにねじこんだ。

 じりじりと時間が過ぎて行く。

 かっきり5分後。
 予定のタイミングでヒウェルは銀色のオイルライターを取り出し、カキッとフタを開けた。
 火を灯して中華街で仕入れてきた爆竹に点火。乱雑に積み上げられた『商品』の箱に放り込んだ。

 ば、ば、ばばばばばばばば、ばんっ!

 景気良く爆音が響く。ついで、とばかりにさらにもう二つ三つつ追加してやった。
 こう言うことは派手にやっといた方がいい。

 工場の職員たちは血相を変えて武器を手に走って行った。手術室が手薄になる。
 
「行くぞ」

 少年に一声かけてディフは走り出した。
 手術台の傍に一人だけ残っていた男が銃を取り出し、構えた。

 手術衣にゴム手袋、医者崩れってとこか?
 
 得物は22口径。避ける暇はない。もとよりそのつもりもない。ここで逃げたら後ろのシエンに当たる。
 安定していない構えだ。おそらく撃つことに慣れていない。
 
 ならば……走れ!

 パンっと風船の弾けるような軽い音が響く。
 左の肩に衝撃が走り、灼熱の針に貫かれるような感触があった。

 急所はそれた。二発目は撃たせない。

 ひるまず一気に距離を詰め、右手で殴り倒した。体重の乗った、スピードといいタイミングといい、申し分のない一撃だった。
 きれいに弧を描いて吹っ飛んだ相手の銃を取り上げ、マガジンから弾を抜いてぽいっと投げ捨てる。
 粘着テープで両手をぐるぐる巻いて……

「よし、クリア」
「…アホか…」

 無茶を指摘されるのは今に始まったことじゃない。この程度の傷なら慣れている。
 血をだらだら流したまま、ディフは手術台に歩み寄った。

 今はこの子を助ける方が先だ。
 屈み込み、手を伸ばすと少年の目に怯えの色が走った。唇を震わせ、小さく首を左右に振る……表情を凍りつかせたまま。

「………助けに来た。君の兄弟も一緒だ」

 静かな声で話しかけながら拘束具を外した。
 きつく食い込むベルトを外していると、痩せた手足に指が触れた。

 ほとんどろくに食べていなかったんだ……。

 震えるむき出しの肩に、上着を脱いで着せかける。穴が開いてるがないよりマシだろう。
 手術台から少年を助け降ろすと、シエンがすっと近づいてきた。
 双子はだまって見つめ合い、抱き合った。

 ほっと安堵の息をつく。
 手術台の横では、他に4人の少年と少女が身を寄せ合って震えていた。もはや逃げる気力すら失っていたのだろう。空っぽの目が食い入るようにこっちを見ている。喜びも安らぎも悲しみも、怒りすらもはぎ取られ、この子たちにはもう、恐怖しか残っていないのだ。

「大丈夫だから……」

 床に膝をついてかがみこみ、双子の片割れに呼びかけたのと同じ言葉で話しかけた。

「君たちを、助けに来た」

 ぽつり、と血が一滴、床に滴り落ちる。震えていた子供らのうち一人がのろのろと顔を挙げ、ディフの左肩を指さした。

「……怪我……してる」
「平気だよ」

 良い傾向だ。自分を気遣ってくれる。この子らの心はまだ死んじゃいない。

「君たちの中に怪我をしてる子はいるかな?」
 
 子供たちは顔を見合わせ、首を横に振った。

「そうか……良かった………。すぐに他の大人が来る。君たちを安全な場所に連れてってくれる人たちがね。それまで、もう少し待ってるんだ。いいね?」

 まさにそのタイミングでひょっこりと顔を出した奴がいる。
 ヒウェルだ。

「銃声聞こえたぞ。シグの音じゃない……っておい、撃たれてますかもしかして!」
「22口径だ。貫通してるし臓器にも当たってない。大した傷じゃねえよ」
「それ…彼の前でも同じ台詞言える?」

 くいっとしゃくったヒウェルの親指の先にはレオンの姿があった。
 しかるべき筋に通報し、応援を手配してようやく駆けつけたのだろう。彼のすることはいつも的確で抜かりがない。

「あ……」
「ディフっ!」

 ひと目見るなり、真っ青になって駆け寄ってきた。

(まずい所見られちまった)

 体中を駆け巡るアドレナリンのおかげで傷の痛みはさほど感じない。しかし胸の奥がずきりと痛む。

「すぐ、医者に」
「まって」

 よろよろと手術台に縛られていた少年が近づいてくる。しょうがない、と言う顔でもう一人も一緒に。
 二人の手がディフの腕に触れた。

「…ここ」
「え?」

 一瞬、傷口が熱くなった。

「はいおわり」
「熱っ……………あ、あれ?」

 肩を見る。血の滲んだシャツの下にぽっかりと赤く、丸く口を開けていたはずの銃創が消え、真新しい皮膚が再生していた。

「傷が……消えてる」

 かすれた声でつぶやくと、レオンがのぞき込んできた。やや遅れてヒウェルも顔をつっこむ。

「何を馬鹿なことを……っ!」
「……常日頃人間離れした丈夫な男だとは思ったが、自己修復機能までついてたか」
「んな訳あるか! シエンと……オティアだ」
「よかった。…ありがと…」
「おい、しっかりしろっ」

 ふらりと倒れる『オティア』をディフは治ったばかりの腕で抱きかかえた。
 その時、彼の胸の中で今までにない感情が芽生えた。
 腕の中の小さなあたたかい体を守りたいと思った。大切に翼の下に包み込んで……。

「ありがとうって言うのは……俺の方だ……」

 それまで世界中でたった一人にだけ捧げていた笑顔で答えていた。
 少年はくたん、とそのまま気を失ってしまった。

「そうか…二人そろってないと力が使えないんだな。だからバラバラに預けられたんだ」
「ありがとう…二人とも。感謝…する」

 工場の方が騒がしい。
 レオンの通報により『騎兵隊』(FBIとか書かれた濃紺の上っ張り着てるが)が到着していたようだ。
 解体室の入り口に小柄な女性捜査官と背の高い男性捜査官の二人組が現れる。室内を素早く見渡し、男性捜査官が無線で救護班を呼んだ。
 
 こうして組織の人間はまとめて検挙され、工場に集められた子どもたちも保護されたのだった。



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