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ローゼンベルク家の食卓

【1-4】鏡の向こう側

2008/03/11 4:39 一話十海
 部屋でぼんやりしていると、電話が鳴った。発信者はH……あの眼鏡の記者の頭文字だ。
 ぷちっとボタンを押す。
「よ、シエン。待たせたな。ちょっとばかりゴタゴタがあってさ。ちょいと発砲事件に巻き込まれてね。何、心配すんな撃たれたのは俺じゃない」
 少年は眉をひそめた。
 発砲とは穏やかじゃない。なのに、どうしてこいつはこうも呑気な口調で喋るのか。
「わかったよ、オティアの行き先。仲買人じゃないらしい。安心してくれ」
「…………」
「さる筋からもうちょっと詳しい情報引き出してから帰るから。昼飯は冷蔵庫のタッパーに入ってんで適当にあっためて食ってくれ。でなきゃアルに頼むか、な。それじゃ!」
 言いたいだけ言って電話は切れた。

 無茶苦茶だなこいつら。
 すけべ眼鏡の自称記者はともかく、何であの探偵とか弁護士まで首つっこんでくるんだろう…全然関係ないのに。

  ※  ※  ※  ※

 一方、『無茶苦茶な奴ら』は事情徴収で連れて行かれたはずの警察署で何故か…鑑識にいた。

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※月梨さん画 ヒウェルとディフ



「ったく無茶しやがって。俺が張り込んでなかったらどうなったと思う?」
「んー、さすがにこの季節、死体置場の冷凍庫はつらいかもね」
「真面目に聞け!」

 見事な低音で怒鳴られた。腹の底までよく響き、室内を仕切る薄いガラスがびりりと震える。
 ちろりと横目で見やると、くわっと歯を剥いてにらみつけて来た。

(あー……本気で怒ってるなあ……)

 心配されてるのはわかるんだが、素直にうなだれるのは性に合わない。第一今さら照れくさくってかなわん。そっぽを向いて、ぐんにゃり口を曲げて吐き出した。

「いいじゃん、あの場で市民権限で現行犯逮捕できたんだし」
「人ごとみたいに言うな! 逆上した犯罪者ってのは何をするかわからんぞ。引き際をわきまえるか、さもなきゃ身を守る手段を身につけろ」
「だーかーらお前にひっついてんの」
「貴様っ!」
「……あの、センパイ」

 金髪に眼鏡をかけた、ひょろりと背の高い男が遠慮がちに切り出した。

「ここ本来なら関係者以外立ち入り禁止ですから、お静かに……」
「すまんな、エリック」

 鑑識のコンピューターから警察のデータベースにアクセス、家出人・行方不明者のリストをあたっている所だった。
 かろうじて操作するのは金髪の捜査官。背後の二人は見ているだけ……建前上は。

「オティア・セーブル……十六歳、白人、男性……ああ、検索条件一つ追加で…『里子』も入れてくれ。さて、どうだ?」
「……出ました」
「何!」
「家出人扱いになってますね。里親から捜索願が出されています」
「家出、ねぇ…」
「ティーンエイジャーの家出人はあんまし真面目に探されないからな……事件にならない限り」
「里子だし?」
「……」
「そこで黙るな、話題振った俺が困る」

 ちらりとヒウェルは友人の顔を見上げた。軽く拳を握って目を伏せている。

 まったくお前って奴は……何考えてるか丸分りだ。少しはずるさや駆け引き、ごまかしってもんを覚えた方がいいぜ、ディフ。

「理解してるさ、別に彼らが『冷酷』な訳じゃない。『義務』は果たしてる。ただ少しばかり消極的なだけだ」
「すまん」
「…に、してもこのリスト、変じゃないか。行方不明になった子どもの数と、地域にばらつきがある」
「どれ」

 にゅっと顔を突き出し、ディフが画面に見入る。自然と鑑識捜査員に身を寄せる形になる。

「エリック、これ地図に出せるか?」
「ちょっと時間がかかりますが……ぅぁ」
「どうしたバイキング。妙な声出して」
「……あー、その、静電気がちょっと」
「気をつけろよ? ここは精密機械がぎっしり詰まってんだから」

 ちらりとディフの首筋に目線を走らせてから金髪の鑑識捜査員は画面に向き直った。

(そんなに顔寄せないでください、センパイ。理性が飛びそうだ)
(その赤毛をかきあげて……うなじにキスしたくなっちまう)

「そうですね……気をつけます」

 画面上に表示された分布図を見てヒウェルは目をすがめた。

「やっぱ、変だ。だれかの意図を感じるね。若くて、健康で、不意に姿を消してもあまり真剣に探されない…そんな子を狙って、だれかが集めてる」

 琥珀の瞳の奥に獲物を見つけた狐にも似た光が走る。

「これは誘拐だよ。家出じゃない」
「証拠……は?」
「なくても動く」
「無茶言いますね」

 くい、と眼鏡の位置を整えると、ヒウェルはすまして言ってのけた。

「俺、警官じゃないから……それでさあ、エリック。無茶ついでにもう一つ頼みたい事があるんだけど……」

 そして十分後。
 ヒウェルとディフは取調室の隣に居た。マジックミラーの向こうでは、件の職員の尋問が行われている。

「うん、まちがいないよ、俺に銃をつきつけたのはあの男だ」
「何わかりきったこと言ってんですか、今さら」
「ほら、一応首実検だし、これ」
「無茶言いますね」

 がっくりと金髪の捜査官が肩を落す。一方、取調室では施設の職員が目をギラつかせて何ごとか口走り始めていた。
 ついに訪れたのだ。緊張と苛立ちが限界値に達し、聞かれたことも聞かれていないことも喋り出す瞬間が。

「あいつらがいると薄気味悪い出来事が続いて……」
「小さな頃から、泣き出すとあっちこっちから物が飛んできて。いつも二人してひっついて、何もかも見透かしたような目をしやがる!」
「里親から何度戻されたと思う。押し付けられたこっちはいい迷惑さ、だからバラバラに引き離して、二度と戻らない場所に送り込んでやったんだ!」
「他の連中だって内心ほっとしてるんじゃないか? 厄介払いができたって……」

 うわずった声を聞いた瞬間。ヒウェルはすぐ隣で剣呑な気配が膨れ上がるのを感じた。赤い髪の毛がもわもわと逆立っているように見えた。
 やばい。とっさに飛びつき、押さえ込む。

「なンだとっ、あの野郎っ」

 ほぼ同時にエリックも反対側から飛びつく。

「センパイ、抑えて、抑えてーっ」
「ミラーを壊すなっ」

 二人掛かりでも押さえきれるかどうか厳しいとこだが、ここで手を離したら最後。元警察官による器物破損(と容疑者への暴行)なんてシャレにならん事態になりかねない。

「あー、やっぱレオンにも来てもらればよかったかな……」
「それ以前にここは一般人立ち入り禁止です……」
「堅いこと言うな、もう入っちゃってんだから」
「無茶言いますね」

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