▼ 【1-3】キッドナップ×キンダーハイム
子どもがらみの事件となると、とにかくディフはフットワークが軽い。
警官時代に培った技と人脈をあます所なく活用し、レオンからのサポートも相まって手際良く仲買人を摘発。
子どもの売買に施設の職員数名がからんでいることまで探り出し、数日後の夜、ヒウェルの携帯に報告を入れてきた。
「え、なに、もうそこまで挙げちゃったの? ちょい待ち、施設の職員はもーちょい泳がせといてよ。警察にとっつかまる前に聞いときたいことあるからさ…OK、よろしく」
「…逃げないように張ってる? それはいいけど、明日の朝何食えばいいのよ、俺ら。……わかった、冷蔵庫にあるのあっため直すから。それじゃ、サンキュ。愛してるよ」
電話越しに投げキッス一つ。怒鳴り返される前に素早く切る。そして、翌朝。
その頃には少年は家の中を歩けるまでに回復し、元執事の用意した清潔な衣服に着替えていた。
「よお、シエン……朝飯できてるぜ。お前さんたちを売っぱらうのに一役買った職員ね。今、ディフが張り付いてっから。これ食ったら会いに行く」
返事はないが、こくんとうなずいた。
「俺の予備の携帯の一つだ。何かわかったらこいつですぐに連絡するよ……」
携帯五つほどずらっと引き出し、うち一つを手渡す。少年はじっと見てから受けとった。
「探偵の調査料のことなら気にすんな。あいつは子どもがからむといつでもタダ働きするんだよ。自主的にな」
作り置きのスープと焼くだけになっていたパンケーキを焼いて朝食をとる。
鬼のように濃いコーヒーを流し込むヒウェルの隣で少年はちまちまとスープを飲み、パンケーキを口に運ぶ。
(まいったな……けっこう可愛いじゃないか)
そんな姿を見ながらヒウェルは自分に言い聞かせた。
(私情は禁物、私情は禁物……下手に深入りすると引き際を見誤るぞ)
食べ終わった皿を洗いながら何気なく話しかける。とにかく話そう。黙っていたら余計な方に思考がひっぱられる。
「…双子って…呼び合うって言うけど……近くにいればわかるのか? お前ら、もしかして」
「…さぁ」
「コルシカの兄弟って小説で読んだだけなんだけどね…双子の片方が怪我すっと、もう一人も離れてても同じ痛みを感じるんだ…」
「離れたことなんか…なかった、から…」
洗い終えた皿を水切りカゴにつっこんだ。
ったく金は余ってんだから食器洗い機ぐらい買えっつの。
「……すまん。行ってくるよ。必ず情報は届ける。お前に、真っ先に」
ドアに向かいながらちらりと振り返る。
黙って見送っていた。
※ ※ ※ ※
思えばこの時、既に私情はばっちり挟んでいたのだ。
自覚がないだけに始末に負えない。
(くそ、引き際を見誤ったか)
ヒウェルは自分の置かれた状況を確認し、秘かに悪態をついた。
数日前に訪れた例の施設の裏手。建物と建物の間の、空き缶や新聞紙、その他得体の知れないゴミの散らばるじめじめした狭い空間には、胸の悪くなるような湿った空気が淀んでいる。
できればこんな所で人生の締めくくりなんざ迎えたくないもんだ。
両手を上げたまま、ちらりと背後を振り返る。
数日前に、にこやかに自分がいかに善人かをアピールしていた男が、目を血走らせて拳銃を構えている。
要するに、まあ、こいつが人身販売組織とつるんでいた職員の総元締だった。
(あの一言さえ言わなけりゃなあ……)
『確かにあなたが仲介した里親は一番数が多い。ですがね、同じ家に一年も経たない内に何人も里子を送り込むってのは、ちと不自然じゃありませんか?』
いつもなら相手の精神状態がヤバいなと思った時点で聞き込みを切り上げた。
しかし今回は……そこでさらにしつこく食い下がった。少しでも『シエン』の兄弟の居場所に関する情報を知りたいばかりに。
『いや、勘違いなんかじゃりませんよ。住所は変わってるが、同じ里親だ……これはどう説明していただけるんでしょうね?』
結果として職員は逆ギレし、引き出しに隠し持っていた銃をつきつけてきたのだ。
「こっちを見るな! 両手を壁につけ」
「……不自然な死に方だと思いませんか、それ」
「うるさいっ! さっさと言われた通りにしろーっ」
しぶしぶ灰色の壁に両手を伸ばす。指先にじっとり湿ったモルタルの手触りが触れる。
(うう、やだなあ、こんな所で死ぬの……)
「そこまでだ、銃を降ろせ」
張りのあるバリトンが飛んできた。
路地の入り口にがっしりしたシルエットが両足を踏ん張り、仁王立ち。軽い前傾姿勢を取りつつ、両手で凹凸の少ないオートマチック式の拳銃……シグ・ザウエルP229を構えてぴたりと銃口をこっちに向けている。
ディフだ。
援軍到着。しかし、なぜかヒウェルが慌てふためく。
「わーっ、ちょっとたんま、ストップ! お前、いっつも威嚇で当てるだろ!」
「ええい、要救助者の分際でごちゃごちゃ抜かすんじゃねえっ 13発入ってるんだ、運が良けりゃ1発は当たる!」
「その装填数が不吉なんだよ、なぜ銃身に一発こめない!」
「……暴発が怖いから」
「わーっ、やっぱお前が降ろせーっ」
「お前ら……何やってんだ?」
漫才めいたやり取りに職員があっけにとられる。その隙にディフが引き金を引いた。
腹の底に響く銃声とともに、男の手から拳銃が落ちた。すかさずヒウェルが落ちた銃を拾い上げる。
走りよるとディフは手際良く男の腕をねじり上げ、持参した粘着テープでぐるぐると後ろ手に縛り上げた。
「よし、クリア」
「サンキュ、助かった。……で、今の威嚇? 狙った?」
「ノーコメント」
次へ→【1-4】鏡の向こう側
警官時代に培った技と人脈をあます所なく活用し、レオンからのサポートも相まって手際良く仲買人を摘発。
子どもの売買に施設の職員数名がからんでいることまで探り出し、数日後の夜、ヒウェルの携帯に報告を入れてきた。
「え、なに、もうそこまで挙げちゃったの? ちょい待ち、施設の職員はもーちょい泳がせといてよ。警察にとっつかまる前に聞いときたいことあるからさ…OK、よろしく」
「…逃げないように張ってる? それはいいけど、明日の朝何食えばいいのよ、俺ら。……わかった、冷蔵庫にあるのあっため直すから。それじゃ、サンキュ。愛してるよ」
電話越しに投げキッス一つ。怒鳴り返される前に素早く切る。そして、翌朝。
その頃には少年は家の中を歩けるまでに回復し、元執事の用意した清潔な衣服に着替えていた。
「よお、シエン……朝飯できてるぜ。お前さんたちを売っぱらうのに一役買った職員ね。今、ディフが張り付いてっから。これ食ったら会いに行く」
返事はないが、こくんとうなずいた。
「俺の予備の携帯の一つだ。何かわかったらこいつですぐに連絡するよ……」
携帯五つほどずらっと引き出し、うち一つを手渡す。少年はじっと見てから受けとった。
「探偵の調査料のことなら気にすんな。あいつは子どもがからむといつでもタダ働きするんだよ。自主的にな」
作り置きのスープと焼くだけになっていたパンケーキを焼いて朝食をとる。
鬼のように濃いコーヒーを流し込むヒウェルの隣で少年はちまちまとスープを飲み、パンケーキを口に運ぶ。
(まいったな……けっこう可愛いじゃないか)
そんな姿を見ながらヒウェルは自分に言い聞かせた。
(私情は禁物、私情は禁物……下手に深入りすると引き際を見誤るぞ)
食べ終わった皿を洗いながら何気なく話しかける。とにかく話そう。黙っていたら余計な方に思考がひっぱられる。
「…双子って…呼び合うって言うけど……近くにいればわかるのか? お前ら、もしかして」
「…さぁ」
「コルシカの兄弟って小説で読んだだけなんだけどね…双子の片方が怪我すっと、もう一人も離れてても同じ痛みを感じるんだ…」
「離れたことなんか…なかった、から…」
洗い終えた皿を水切りカゴにつっこんだ。
ったく金は余ってんだから食器洗い機ぐらい買えっつの。
「……すまん。行ってくるよ。必ず情報は届ける。お前に、真っ先に」
ドアに向かいながらちらりと振り返る。
黙って見送っていた。
※ ※ ※ ※
思えばこの時、既に私情はばっちり挟んでいたのだ。
自覚がないだけに始末に負えない。
(くそ、引き際を見誤ったか)
ヒウェルは自分の置かれた状況を確認し、秘かに悪態をついた。
数日前に訪れた例の施設の裏手。建物と建物の間の、空き缶や新聞紙、その他得体の知れないゴミの散らばるじめじめした狭い空間には、胸の悪くなるような湿った空気が淀んでいる。
できればこんな所で人生の締めくくりなんざ迎えたくないもんだ。
両手を上げたまま、ちらりと背後を振り返る。
数日前に、にこやかに自分がいかに善人かをアピールしていた男が、目を血走らせて拳銃を構えている。
要するに、まあ、こいつが人身販売組織とつるんでいた職員の総元締だった。
(あの一言さえ言わなけりゃなあ……)
『確かにあなたが仲介した里親は一番数が多い。ですがね、同じ家に一年も経たない内に何人も里子を送り込むってのは、ちと不自然じゃありませんか?』
いつもなら相手の精神状態がヤバいなと思った時点で聞き込みを切り上げた。
しかし今回は……そこでさらにしつこく食い下がった。少しでも『シエン』の兄弟の居場所に関する情報を知りたいばかりに。
『いや、勘違いなんかじゃりませんよ。住所は変わってるが、同じ里親だ……これはどう説明していただけるんでしょうね?』
結果として職員は逆ギレし、引き出しに隠し持っていた銃をつきつけてきたのだ。
「こっちを見るな! 両手を壁につけ」
「……不自然な死に方だと思いませんか、それ」
「うるさいっ! さっさと言われた通りにしろーっ」
しぶしぶ灰色の壁に両手を伸ばす。指先にじっとり湿ったモルタルの手触りが触れる。
(うう、やだなあ、こんな所で死ぬの……)
「そこまでだ、銃を降ろせ」
張りのあるバリトンが飛んできた。
路地の入り口にがっしりしたシルエットが両足を踏ん張り、仁王立ち。軽い前傾姿勢を取りつつ、両手で凹凸の少ないオートマチック式の拳銃……シグ・ザウエルP229を構えてぴたりと銃口をこっちに向けている。
ディフだ。
援軍到着。しかし、なぜかヒウェルが慌てふためく。
「わーっ、ちょっとたんま、ストップ! お前、いっつも威嚇で当てるだろ!」
「ええい、要救助者の分際でごちゃごちゃ抜かすんじゃねえっ 13発入ってるんだ、運が良けりゃ1発は当たる!」
「その装填数が不吉なんだよ、なぜ銃身に一発こめない!」
「……暴発が怖いから」
「わーっ、やっぱお前が降ろせーっ」
「お前ら……何やってんだ?」
漫才めいたやり取りに職員があっけにとられる。その隙にディフが引き金を引いた。
腹の底に響く銃声とともに、男の手から拳銃が落ちた。すかさずヒウェルが落ちた銃を拾い上げる。
走りよるとディフは手際良く男の腕をねじり上げ、持参した粘着テープでぐるぐると後ろ手に縛り上げた。
「よし、クリア」
「サンキュ、助かった。……で、今の威嚇? 狙った?」
「ノーコメント」
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