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ローゼンベルク家の食卓

期間限定金髪巫女さん

2010/06/25 23:26 短編十海
  • 拍手お礼用短編の再録、2007年1月。【ex10】水の向こうは空の色(後編)の後の出来事。
  • 事件解決直後、緊張から解放されて寄り添って眠っちゃったロイと風見。その寝姿はしっかり写真に撮られて……
  • こんな風に活用されちゃったのでした。
 
 メリジューヌ事件の終結から四日後の土曜日。風見光一とロイは、いつものようにバイトに行った。

「こんにちわ」
「コンニチワ」

 社務所の玄関をくぐると、待ちかねたように瓜二つの巫女姿の女性がにゅっ、にゅっと顔を出した。一人は羊子の母、藤枝。もう一人はサクヤの母、桜子。ちっちゃくてそっくりで可愛い、無敵の母さんsである。

「いらっしゃい、風見くん、ロイくん」
「待ってたわ!」

 三上の去った結城神社はどことなく寂しくて、そしてちょっぴり忙しかった。人手が一人減ったのだから当然だ。

「風見くん、着替えの前に、太一郎さんの散歩をお願いできる?」
「わかりました」
「一時間コースでね」
「はい」
「ロイくんはこっちに来て」
「ハイ」

 風見光一が部屋を出ると、母さんsはにまっと笑ってちょい、とい、と手招きをした。

「何デショウ」
「これ、見て」

 かぱっと携帯を開くと、そこには……

「Oh!」

 無防備に眠りこけるコウイチのどアップが! しかも、自分にこてんと寄り掛かっている。これは……
 びゅうんっと記憶が巻き戻される。四日前に事件が解決した直後。緊張がとけたのと、疲れから居間で眠ってしまった。二人でぴったりと寄り添って。あの夜のほのかな思い出は、ひっそりと胸にしまっておいたはずだった。
 まさか、こんな形で残っていたなんて!

「そ、その写真、ボクのケータイに転送してクダサイ!」
「きっと、そう言うと思ったわ」

 瞳をくるくるさせて、二人の母さんたちはそろって小首をかしげた。

「いいわ、転送してあげる」
「私たちのささやかなお願いを聞いてくれたら、ね?」
「何でもどうぞっ」
「うんうん」
「きっと、そう言ってくれると思ったわ」

 にこにこしながら、藤枝がぴらっと赤い布を広げた。

「あ……」
「まずはこっちに着替えてもらえる?」
「サクヤちゃんも、ヨーコちゃんもいないから、今ひとつ境内に華がないのよねー」
「ねー」
「御意!」

 電光石火、ニンジャの早業。ロイ・アーバンシュタインは、わずか1ミリ秒で巫女装束を装着した。
 もちろん、長くたなびく金色のエクステンションも忘れずに。

「いかがですか!」
「うん、上出来。じゃ、送っておくね」
「ハイっ!」

 ぷちぷちと桜子が携帯を操作する。ほどなくロイの携帯にメールが着信した。

「おお……」

(コウイチの寝顔……コウイチの……コウイチのっ!)

 携帯を開き、送られてきた写真を見て感動に震えていると……そろっと小さな手が伸びてきて、ひょい、と前髪をかきあげた。
 隠されていた、青い瞳があらわになる。

「Nooooooooooooっ!」

 慌ててロイは倍速ダッシュで後ずさり。慌てて前髪をばさばさと下ろして顔を隠した。

「な、な、な、何をするですかーっ」
「んー、さすが、おじい様ゆずりねー」
「美々しいわ」
「麗しいわっ」
「可愛いわー」

 じりじりとW母さんsが迫る。

「隠しておくなんて」
「もったいない!」

 巫女装束を着るのは既に正月で体験済みだ。忍術修業の一環と思えば受け入れられる。コウイチも似合うと言ってくれたし。
 だけど、目を出すとなると! 素顔を晒すとなると!

「そっ、それだけはごカンベンをーっ!」
「んもう、ロイくんってば、シャイなんだからー」
「ケチ!」

 頬をふくらませて拗ねるその顔は、あまりに羊子先生に似ていた。敬愛する先生と同じ顔に、思わず条件反射で『ごめんなさい!』と言いそうになるが……寸でのところで鉄の意志を振り絞った。

「それだけは、ご容赦ツカマツル!」
「しょーがないなー」

 桜子がかぱっと携帯をひらき、ご老公の印籠のように掲げた。

「これが目に入らぬか!」
「ぬおっ」

 そこには、さっきとは別の角度から写されたコウイチの寝姿があった。しかも、顔が寒かったのだろう。右手を軽く握って鼻と口を覆っている。まるで子猫のように、きゅうっと。
 一目見た瞬間、覚悟を決めた。

「お……お手柔らかにお願いシマス」
「うんうん、それでいいのよ。素直な子って」
「だーいすき」

 ロイは観念して両手を降ろし、W母さんsに身を……と言うか髪を委ねたのだった。
 ちっちゃな手がクシを操り、てぎわよく梳かして整える。しかも、気がつくと何やらぺたぺた顔に塗られているような。

「なっ、何をっ」
「あん、動いちゃだめ、ずれちゃうでしょ?」
「大丈夫よ、巫女さんだから、ナチュラル仕上げだからね」
「な、ナチュラルって……いや、いや、お化粧だけハっ」
「……そう」
「やっぱり男の子に女装させるのは無理があったかしら」
「じゃあ、藤島さん……だっけ? あの子にお願いしましょうか」
「そうね、早速よーこちゃんに電話して」
「待ってクダサイ!」

 どっかとあぐらをかくと、ロイは目を閉じた。

「存分にドウゾ!」
「きっとそう言ってくれると思ったんだ」
「はい、しゃべらないでね」

 問答無用で頬をブラシがかすめ、眉が整えられ、口紅が塗られて行く。
 その間、ロイは必死で自分に言い聞かせていた。

(コレハ修業だ! あくまで修業なんだ……修業……修業……)

「はい、できあがりっ」

 おそるおそる目を開けると、目の前にずいっと鏡がつきつけられていた。

「どう?」
 
 100528_2322~01.JPG
 illustrated by Kasuri
 
「これが……これが、ボク……」

 一瞬、まじまじと見入ってしまう。恐ろしいことに、自分で見ても、ちゃんと女の子に見える。
 
「ささ、それじゃ撮影に行きましょうか」
「撮影って、ええっ?」
「地元のタウン誌から取材が来てるの、今日」
「うちの神社に、金髪の巫女さんがいるって聞きつけたらしくって。ぜひ記事にしたいんですって!」
「インタビューと、写真を撮らせてくださいって!」
「ソ……ソウダッタンデスカ」
「記者さんがお待ちかねよ。まずはぽちとの2ショットからね!」

 ああ。ハメられた。

 涙目でなすがまま、W母さんsに手を引かれて行くロイの脳裏には、なぜか「ドナドナ」がエンドレスで流れていた。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「ご協力ありがとうございました。それじゃ、見本誌ができあがったらお届けしますので!」
「ハイ、アリガトウゴザイマス」

 大鳥居の前でにこにこしながら見送った。
 取材にやってきたのは二人。記者さんは、さっぱりしてとても気持ちのいい女の人だった。
 インタビューの途中、震える声で「バイトなので、いつもいる訳ではないのデスガ……」と伝えると、笑顔で「わかりました、では本文中にひとこと添えておきますね」とうなずいてくれた。
 カメラマンさんは物静かな男の人で、動物の撮影にも慣れているようだった。おかげで、ぽちもほとんどストレスを感じず、いい顔で写真に収まってくれた。

「……」

 あれだけ近くにいて、話をしたのに。プロのカメラマンが写真もたくさん撮影したのに、どちらにも男とばれなかった。自分の変装技術のレベルの高さに、ちょっぴり自信がついた。
 ついたんだけど。

「はあああ……」

 取材陣の姿が見えなくなった途端、がくっと力が抜けて思わず地面にへたりこむ。
 その時だ。
 ちりりん。鈴の音とともに、大きな四つ足の生き物がのっしのっしと近づく気配がした。

「あれ、ロイ、どうしたんだ?」
「コウイチ……」

 そこには、金色の大型犬を連れた風見の姿があった。結城桜子とサクヤの飼い犬、ゴールデンレトリバー。首輪には大きめの『夢守りの鈴』がつけられている。その名も……

「太一郎さん」
「わふ」

 わっさわっさと長い尻尾が左右に揺れる。

「散歩、終ったの?」
「うん。今日は一時間コースでお願いって言われたし」

 大型犬なだけに、散歩も長いのだった。

「そっか……お疲れさま」
「そっちも何か大変だったみたいだな。タウン誌の取材が来てたんだって?」
「ウンどうしてそれを?」
「参道で写真撮ってた。それにしても、お前……」

 風見は首をかしげてロイを頭のてっぺんからつま先までしみじみと見た。じっくり見た。何度も見た。

(ああっ、コウイチ、そんなに見つめないで……)

「何で、巫女さんになってるんだ?」
「こ、これは、その………」

 ふるっと拳を握って肩を震わせる。言えない。コウイチの寝顔写真と引き換えだなんて、とてもじゃないけど、言えない。

「忍術修業の一環デ!」
「そうか! さすがだな、ロイ! どこから見ても完璧な女装だ!」
「アリガトウ!」

(ほめられた。コウイチにほめられた!)

「久しぶりに見たよ、お前が現実世界で前髪あげてるの……」
「あ」

 風見は顔を近づけて、さらにまじまじと親友を観察した。

「あれ、もしかしてロイ、お化粧してるのか」

 その途端、どーっとこらえていた何かが押し寄せてきて、ロイは背中を向けてしまった。

(ボクは、ボクは何てことをーっ)

 単に女装をしただけではない。写真が(ローカルタウン誌とはいえ)雑誌に載ってしまうのだ。
 今さらながらにこみあげる、強烈な羞恥心と怒濤の後悔。
 がっくりとうつむいていると、ぽふっと肩に手が置かれた。いや、前足だ。金色のふさふさした毛におおわれた、どっしりした前足。

「わう」
「太一郎さん……」

 太一郎さんは、ごろりとロイの目の前で横になり、お腹をさしだした。ツブラな瞳が見上げる。

(さあ、存分にもふりなさい)

「太一郎さーんっ!」

 ロイは迷わず金色のふかふかした腹に顔をうずめ、もふった。もふりまくった。もふらずにはいられなかった。
 そんな親友の姿を見守りながら、風見は思った。

 ロイは太一郎さんと仲がいいなあ、と。

 にこにこしながら、思っていたのだった。

 さらに、そこから少し離れた植え込みの陰では……

「どう、撮れた?」
「ばっちし!」

 にこにこしながら母二人。お顔をちょこんとくっつけて、デジカメのモニターで、今しがた撮影したばかりのほやほやの、『頬を染める金髪巫女さんと犬を連れた少年』のツーショット写真を確認していたりするのだが。

 太一郎さんのもふもふの毛皮に顔を埋めるロイはまだ、その事実を知らない。


(期間限定金髪巫女さん/了)

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