▼ 【3-15-3】ヨーコさんが来る!
7月の始め、ぼちぼち招待状の発送も一区切りついた頃。
ちなみに招待状の文面はアレックス監修のもと、俺が原文を書かせていただいた。ギャラは手作りのランチ一回分。なかなかいい仕事だったし出来映えも気に入ってる。
式の打ち合わせにかこつけて、マクラウド探偵事務所を訪れたら子ども(kids)が一人増えていた。
………。
いや、ちがうな、サリーが来てたんだ。双子と、ディフと一緒にソファに腰かけてお茶を飲んでいる。微妙に疲れたような顔をしていた。
「よ。サリー、来てたのか」
「こんにちは」
「食い物のにおいに釣られてきたか?」
「……まあ、そんなとこ」
「はい、これ」
「サンキュ」
シエンが皿に乗せたコーヒーケーキを渡してくれる。ほんの少しシナモンを効かせた、ナッツとクルミのぎっしりつまったほろ苦いケーキだ。
手づかみでがつがついただいた。甘さが控えめになっているし、定番のリンゴも入っていない。例に寄ってアレックスのお手製だな。
オティアは相変わらず小さめに切ったケーキを黙々と食べて、茶を飲んで……こっちをちらとも見ようともしない。
「これ、式で演奏するバンドの候補リストと……デモ演奏。CDに焼いてきた」
「おう、すまんな」
「こっちはアレックスとレオンの分。上に行くとき、届けてくれるか、シエン?」
「ん。わかった」
「で………何で、サリーがここに?」
「買い物の途中に会ったんだ」
事務所の中を見回すと、確かにソファの上に洋服屋の包みが置いてある。つやつやの紙ぶくろの中には、平べったい箱。銀色の文字で店の名前が箔押しされている。
どうやら、シャツや靴下の類いを買ってきた訳じゃなさそうだ。
「ああ……タキシードか」
「ええ。タキシード、なんです」
どこで会ったかはあえて聞くまい。
おそらくジュニア用のコーナーだろう。日本人のサリーにとっては、こっちの服は根本的にサイズがでかすぎるのだ。
「どうよ、いいの見つかった?」
「ああ。長く使えるようにちょっと大きめの買って、少し詰めてもらった」
「育ち盛りだもんな、二人とも」
「お前もタキシード準備しとけよ? いつものその格好でうろちょろするつもりじゃなかろうな?」
「はっはっはっは、やだなあ、そんな事……」
「ちょっとは考えただろ」
「何、心配するな、俺には裏技がある。こー、『PRESS』と書かれた腕章さえつけときゃ、あら不思議。どんなにきちんとしたパーティでも出入り自由に!」
「んな訳あるかっ!」
「……ヒウェル、タキシード持ってるの?」
心配そうな顔でシエンに言われちまった。参ったな。そんな顔されたら、下手なジョークをこれ以上ひっぱる訳にも行かない。
「大丈夫、ちゃんと持ってるよ。仕事の関係で、きちんとした席に出入りすることもあるからな」
「クリーニングに出しとけよ?」
「OK、まま」
「誰が貴様のままだ」
……あれ?
なんか、こう、今までと微妙に口調が違うような。ちらっとディフの様子をうかがう。歯も剥いてないし、唸ってもいない。
さらっと流された感じだ。
「……どうした、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「いや。何でもない」
変わったなあ、こいつ……レオンのプロポーズ受けてから。
「そうだ。お二人がそろったところで、お伝えしたいことがあるんです」
サリーがおもむろに口を開いた。
「実は残念なお知らせが」
「何だ? 都合悪くなったのか、もしかして」
「いいえ。………………………日本から」
「に、日本から?」
ごくり、と喉が鳴る。不吉な予感に鳥肌が立つ。
「…………………………………来るよ」
ぴきーんと一瞬、全身が凍りついた。主語が省かれていたが、サリーが言うってことは。日本から来るってことは。
あの女以外に、あり得ない!
頭の隅っこでエマージェンシーの赤いランプがぺかぺかと点滅し、サイレンが鳴り響く。
手が。足が、かくかくと震え出した。
「来るのか………来ちまうのか!」
シエンも。オティアさえ、きょとんとしている。
わからないだろうなあ。
うん、わからなくて幸いだよ、君たち。
「うん、来るらしい……」
「海軍をっ! いや、空軍でも可っ」
「お前は……何を血迷っとるんだ。ゴジラじゃあるまいし」
「俺的にはゴジラの方がいいっ」
ディフはじとーっと三白眼で俺の顔をねめつけてから軽く首を横に振り、サリーの方に向き直ると目を細めてほほ笑んだ。
「そうか。ヨーコが来てくれるのか」
「ちょうど学校が夏休みに入るからね」
「OK! 大歓迎だ。一人分、招待客のリストに加えとくよ」
嬉しそうだね、おい……そりゃそうだよな、お前とは彼女、気が合ってたもんなあ。だけど、俺にとっては………。
カタカタと奥歯が鳴る。忘れもしない高校時代、あの女に受けたダイヤの刃より鋭い突っ込みの数々が走馬灯のようにばーっと目の前をよぎって行く。
「来る……ヨーコが来る………」

※月梨さん画。「来る! きっと来る!」
恐怖にうち震える俺を、双子とディフが不思議そうに眺めていた。
「そんなに怖いのかな……」
「あいつだけだろ」
「別に、なあ。ちょっと気の強いとこはあったが普通の女の子だったぞ?」
サリーは黙して語らず。ただ笑顔のみ。
「いつ来るんだ?」
「式の四日前に」
「そんなに早く来るのか!」
「せっかく来るんだから、あちこち見て回りたいし、友だちにも会いたいそうです」
「そうか。だったら空港に迎えに行くよ、俺。荷物も多そうだしな」
「ありがとう、ディフ。助かります。彼女、着物着るって言ってたから」
「キモノ?」
シエンが目をぱちくりさせて首をかしげた。
「あのツルツルの薄いガウン? あんなので結婚式出ちゃうの?」
「あ……いや、あれとは、ちょっとちがうんだ。本物の日本の着物。伝統的な民族衣装だよ」
「ふぅん……」
「滅多にない機会だから見ておくといい。落ちついた色合いなのに、不思議と鮮やかで、目が引きつけられる。きれいだぞ」
「そうなんだ」
ぼそっと付け加えた。
「着てる本人はともかくな」
その瞬間、背筋にぞーっと冷たいものが走り………思わず周囲を見回した。
まさか、な。
聞こえちゃいないよな、ヨーコ?

※月梨さん画「恐怖にうちふるえるヒウェルのアップ」
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ちなみに招待状の文面はアレックス監修のもと、俺が原文を書かせていただいた。ギャラは手作りのランチ一回分。なかなかいい仕事だったし出来映えも気に入ってる。
式の打ち合わせにかこつけて、マクラウド探偵事務所を訪れたら子ども(kids)が一人増えていた。
………。
いや、ちがうな、サリーが来てたんだ。双子と、ディフと一緒にソファに腰かけてお茶を飲んでいる。微妙に疲れたような顔をしていた。
「よ。サリー、来てたのか」
「こんにちは」
「食い物のにおいに釣られてきたか?」
「……まあ、そんなとこ」
「はい、これ」
「サンキュ」
シエンが皿に乗せたコーヒーケーキを渡してくれる。ほんの少しシナモンを効かせた、ナッツとクルミのぎっしりつまったほろ苦いケーキだ。
手づかみでがつがついただいた。甘さが控えめになっているし、定番のリンゴも入っていない。例に寄ってアレックスのお手製だな。
オティアは相変わらず小さめに切ったケーキを黙々と食べて、茶を飲んで……こっちをちらとも見ようともしない。
「これ、式で演奏するバンドの候補リストと……デモ演奏。CDに焼いてきた」
「おう、すまんな」
「こっちはアレックスとレオンの分。上に行くとき、届けてくれるか、シエン?」
「ん。わかった」
「で………何で、サリーがここに?」
「買い物の途中に会ったんだ」
事務所の中を見回すと、確かにソファの上に洋服屋の包みが置いてある。つやつやの紙ぶくろの中には、平べったい箱。銀色の文字で店の名前が箔押しされている。
どうやら、シャツや靴下の類いを買ってきた訳じゃなさそうだ。
「ああ……タキシードか」
「ええ。タキシード、なんです」
どこで会ったかはあえて聞くまい。
おそらくジュニア用のコーナーだろう。日本人のサリーにとっては、こっちの服は根本的にサイズがでかすぎるのだ。
「どうよ、いいの見つかった?」
「ああ。長く使えるようにちょっと大きめの買って、少し詰めてもらった」
「育ち盛りだもんな、二人とも」
「お前もタキシード準備しとけよ? いつものその格好でうろちょろするつもりじゃなかろうな?」
「はっはっはっは、やだなあ、そんな事……」
「ちょっとは考えただろ」
「何、心配するな、俺には裏技がある。こー、『PRESS』と書かれた腕章さえつけときゃ、あら不思議。どんなにきちんとしたパーティでも出入り自由に!」
「んな訳あるかっ!」
「……ヒウェル、タキシード持ってるの?」
心配そうな顔でシエンに言われちまった。参ったな。そんな顔されたら、下手なジョークをこれ以上ひっぱる訳にも行かない。
「大丈夫、ちゃんと持ってるよ。仕事の関係で、きちんとした席に出入りすることもあるからな」
「クリーニングに出しとけよ?」
「OK、まま」
「誰が貴様のままだ」
……あれ?
なんか、こう、今までと微妙に口調が違うような。ちらっとディフの様子をうかがう。歯も剥いてないし、唸ってもいない。
さらっと流された感じだ。
「……どうした、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「いや。何でもない」
変わったなあ、こいつ……レオンのプロポーズ受けてから。
「そうだ。お二人がそろったところで、お伝えしたいことがあるんです」
サリーがおもむろに口を開いた。
「実は残念なお知らせが」
「何だ? 都合悪くなったのか、もしかして」
「いいえ。………………………日本から」
「に、日本から?」
ごくり、と喉が鳴る。不吉な予感に鳥肌が立つ。
「…………………………………来るよ」
ぴきーんと一瞬、全身が凍りついた。主語が省かれていたが、サリーが言うってことは。日本から来るってことは。
あの女以外に、あり得ない!
頭の隅っこでエマージェンシーの赤いランプがぺかぺかと点滅し、サイレンが鳴り響く。
手が。足が、かくかくと震え出した。
「来るのか………来ちまうのか!」
シエンも。オティアさえ、きょとんとしている。
わからないだろうなあ。
うん、わからなくて幸いだよ、君たち。
「うん、来るらしい……」
「海軍をっ! いや、空軍でも可っ」
「お前は……何を血迷っとるんだ。ゴジラじゃあるまいし」
「俺的にはゴジラの方がいいっ」
ディフはじとーっと三白眼で俺の顔をねめつけてから軽く首を横に振り、サリーの方に向き直ると目を細めてほほ笑んだ。
「そうか。ヨーコが来てくれるのか」
「ちょうど学校が夏休みに入るからね」
「OK! 大歓迎だ。一人分、招待客のリストに加えとくよ」
嬉しそうだね、おい……そりゃそうだよな、お前とは彼女、気が合ってたもんなあ。だけど、俺にとっては………。
カタカタと奥歯が鳴る。忘れもしない高校時代、あの女に受けたダイヤの刃より鋭い突っ込みの数々が走馬灯のようにばーっと目の前をよぎって行く。
「来る……ヨーコが来る………」
※月梨さん画。「来る! きっと来る!」
恐怖にうち震える俺を、双子とディフが不思議そうに眺めていた。
「そんなに怖いのかな……」
「あいつだけだろ」
「別に、なあ。ちょっと気の強いとこはあったが普通の女の子だったぞ?」
サリーは黙して語らず。ただ笑顔のみ。
「いつ来るんだ?」
「式の四日前に」
「そんなに早く来るのか!」
「せっかく来るんだから、あちこち見て回りたいし、友だちにも会いたいそうです」
「そうか。だったら空港に迎えに行くよ、俺。荷物も多そうだしな」
「ありがとう、ディフ。助かります。彼女、着物着るって言ってたから」
「キモノ?」
シエンが目をぱちくりさせて首をかしげた。
「あのツルツルの薄いガウン? あんなので結婚式出ちゃうの?」
「あ……いや、あれとは、ちょっとちがうんだ。本物の日本の着物。伝統的な民族衣装だよ」
「ふぅん……」
「滅多にない機会だから見ておくといい。落ちついた色合いなのに、不思議と鮮やかで、目が引きつけられる。きれいだぞ」
「そうなんだ」
ぼそっと付け加えた。
「着てる本人はともかくな」
その瞬間、背筋にぞーっと冷たいものが走り………思わず周囲を見回した。
まさか、な。
聞こえちゃいないよな、ヨーコ?
※月梨さん画「恐怖にうちふるえるヒウェルのアップ」
次へ→【3-15-4】結婚の贈物

