▼ 【3-15-1】報告
携帯を開いて、実家の番号を選ぶ。
お袋は固定電話派だ。自分では滅多に携帯を使わないし(そもそも持ってないし)、俺が携帯からかけるのもあまり喜ばない。
百も承知の上で、あえて携帯からかける。引っ越したことはまだ伝えていない。それ以上に大きな変化も。
コール音が鳴っている。この時間なら大丈夫だとは思うが、頼む、お袋。出てくれ………。
「ハロー、ディー?」
良かった。出た。
「珍しいわね、携帯からかけてくるなんて?」
「うん……番号、変わったんだ。引っ越したから」
「あらあら、ずいぶん急ね! それで引っ越したのは家なの? 事務所なの?」
「家」
「どこに?」
すうっと息を吸い込む。もう引き延すことはできない。
「隣だよ。レオンの部屋に引っ越したんだ。聞いてくれ、母さん……俺、結婚した」
「……誰と?」
「レオンハルト・ローゼンベルク」
黙ってしまった。そりゃそうだよな。付き合ってる、恋人だってのもすっ飛ばしていきなり結婚だものな。びっくりしたろう……。
だけど他に言うべき言葉が見つからなかったんだ。
「………………………そう。レオンと。彼なら…………………納得だわ」
「母さん?」
「そりゃ、ちょっとはびっくりしたけどね、ディー。あなたが結婚したいと思う相手ってだれだろうって考えてみたら……私もね、レオンしか思いつかなかったの」
「母さん……………………………」
涙がにじみそうになる。ずっと理解してくれてたんだ、この人は。言葉にできない俺の本当の気持ちを……レオンとの間に育んできた絆を。
俺は、何を恐れていたのだろう。何をためらっていたのだろう?
「幸せなんでしょ? 声を聞けばわかるわ。おめでとう、ディー」
「ありがとう、母さん………」
「………彼はいい子よ。大事にしてね」
「うん………俺の大事な人だ………それで、母さん」
「なあに?」
「父さんに代わってくれないか?」
「それは、やめておいた方がいいわね、今は」
声のトーンが少しだけ下がっていた。テンポも心なしかゆっくりと。
「でも、俺、自分から話したいんだ」
「ディー。父さんには私から話すから。今は……ね。我慢なさい」
「……………………わかった」
「今度からは、あなたと話したい時はレオンの家にかければいいのかしらね?」
「……うん、まあ、そうなるね」
「これからはMrs.マクラウドじゃなくて『お母さん』って呼ばれるのね、私。ふふっ、楽しみだわ」
※ ※ ※ ※
その頃。
ジーノ&ローゼンベルク法律事務所の一室で、レオンもまた電話をかけていた。
自分の携帯から、滅多に使わない本家の番号………それも当主への直通へ。
しばらくコール音が響き、聞き覚えのある声が応じた。
「ああ……俺だ。うん。代わってくれ」
ほんの少しの沈黙。やがてしわがれた……しかし往事の威厳を未だ留めた声が彼の名前を呼んだ。三音節の略称ではなく、正式な名前を。
「レオンハルト」
「……………お久しぶりです。実は報告することがあります」
事実のみを淡々と伝える。
「結婚しました。」
「そうか……」
淡々と応じてきた。
「相手はあの警官か」
「今は警官じゃありませんね」
「……………レオンハルト」
「俺は子供はつくらないほうがいいんです。おわかりでしょう」
そして、電話を切る。別れの挨拶は省略した。
これで、いい。義務は果たした。
不意に手の中の携帯が鳴る。表示される名前を見て、自然と笑みが浮かんだ。
「……やあ。どうしたんだい?」
「いや……その……声が聞きたくなって」
「嬉しいね」
「…………お袋に、報告した。結婚したって」
どきりとした。小鳥のようにさえずるMrs.マクラウド。ころころと明るい声で笑う彼女を、いったいどれほどの衝撃が襲ったのだろう。
いや、待て。
ディフの声はあくまで穏やかだ。
「それで……彼女は、何と?」
「俺が結婚したいと思う相手は、お前以外に思いつかなかったって…………」
「………………そうか………………」
半分、肩すかしを食らったような。半分、面食らった気分になった。
おおらかな人だとは思っていたが、まさかこれほどとは予想外……いや。何となく、わかっていたような気がする。
直接会ったことはないけれど、彼女ならそう言ってもおかしくはないと。ディフを生み、育てた人なのだから。
「お前に『お母さん』と呼ばれるのが楽しみらしいんだ。いっぺん呼んでやってくれ」
「ああ……光栄だね。それじゃ、もうすぐ帰るよ」
少しだけ低い声で囁きかける。電話の向こうにある彼の耳に吹き込むようにして。
「愛してる」
「…………………ああ。俺も、愛してる」
応える声がほんの少し、震えていた。
可愛いな。きっと耳まで赤くしているだろう。
電話を切ってから気づいた。
ディフは父親のことには一言も触れてはいなかった、と。警察を辞めて以来、何となく疎遠になっていると感じてはいたが……。
開放的なサンフランシスコと比べてテキサスは伝統を重んじる。全ての男は強くあれ、そして女を娶れと。
少しだけ胸が重くなった。
また、自分はディフを彼の父親から遠ざけてしまったのかもしれない。
次へ→【3-15-2】アレックスがんばる
お袋は固定電話派だ。自分では滅多に携帯を使わないし(そもそも持ってないし)、俺が携帯からかけるのもあまり喜ばない。
百も承知の上で、あえて携帯からかける。引っ越したことはまだ伝えていない。それ以上に大きな変化も。
コール音が鳴っている。この時間なら大丈夫だとは思うが、頼む、お袋。出てくれ………。
「ハロー、ディー?」
良かった。出た。
「珍しいわね、携帯からかけてくるなんて?」
「うん……番号、変わったんだ。引っ越したから」
「あらあら、ずいぶん急ね! それで引っ越したのは家なの? 事務所なの?」
「家」
「どこに?」
すうっと息を吸い込む。もう引き延すことはできない。
「隣だよ。レオンの部屋に引っ越したんだ。聞いてくれ、母さん……俺、結婚した」
「……誰と?」
「レオンハルト・ローゼンベルク」
黙ってしまった。そりゃそうだよな。付き合ってる、恋人だってのもすっ飛ばしていきなり結婚だものな。びっくりしたろう……。
だけど他に言うべき言葉が見つからなかったんだ。
「………………………そう。レオンと。彼なら…………………納得だわ」
「母さん?」
「そりゃ、ちょっとはびっくりしたけどね、ディー。あなたが結婚したいと思う相手ってだれだろうって考えてみたら……私もね、レオンしか思いつかなかったの」
「母さん……………………………」
涙がにじみそうになる。ずっと理解してくれてたんだ、この人は。言葉にできない俺の本当の気持ちを……レオンとの間に育んできた絆を。
俺は、何を恐れていたのだろう。何をためらっていたのだろう?
「幸せなんでしょ? 声を聞けばわかるわ。おめでとう、ディー」
「ありがとう、母さん………」
「………彼はいい子よ。大事にしてね」
「うん………俺の大事な人だ………それで、母さん」
「なあに?」
「父さんに代わってくれないか?」
「それは、やめておいた方がいいわね、今は」
声のトーンが少しだけ下がっていた。テンポも心なしかゆっくりと。
「でも、俺、自分から話したいんだ」
「ディー。父さんには私から話すから。今は……ね。我慢なさい」
「……………………わかった」
「今度からは、あなたと話したい時はレオンの家にかければいいのかしらね?」
「……うん、まあ、そうなるね」
「これからはMrs.マクラウドじゃなくて『お母さん』って呼ばれるのね、私。ふふっ、楽しみだわ」
※ ※ ※ ※
その頃。
ジーノ&ローゼンベルク法律事務所の一室で、レオンもまた電話をかけていた。
自分の携帯から、滅多に使わない本家の番号………それも当主への直通へ。
しばらくコール音が響き、聞き覚えのある声が応じた。
「ああ……俺だ。うん。代わってくれ」
ほんの少しの沈黙。やがてしわがれた……しかし往事の威厳を未だ留めた声が彼の名前を呼んだ。三音節の略称ではなく、正式な名前を。
「レオンハルト」
「……………お久しぶりです。実は報告することがあります」
事実のみを淡々と伝える。
「結婚しました。」
「そうか……」
淡々と応じてきた。
「相手はあの警官か」
「今は警官じゃありませんね」
「……………レオンハルト」
「俺は子供はつくらないほうがいいんです。おわかりでしょう」
そして、電話を切る。別れの挨拶は省略した。
これで、いい。義務は果たした。
不意に手の中の携帯が鳴る。表示される名前を見て、自然と笑みが浮かんだ。
「……やあ。どうしたんだい?」
「いや……その……声が聞きたくなって」
「嬉しいね」
「…………お袋に、報告した。結婚したって」
どきりとした。小鳥のようにさえずるMrs.マクラウド。ころころと明るい声で笑う彼女を、いったいどれほどの衝撃が襲ったのだろう。
いや、待て。
ディフの声はあくまで穏やかだ。
「それで……彼女は、何と?」
「俺が結婚したいと思う相手は、お前以外に思いつかなかったって…………」
「………………そうか………………」
半分、肩すかしを食らったような。半分、面食らった気分になった。
おおらかな人だとは思っていたが、まさかこれほどとは予想外……いや。何となく、わかっていたような気がする。
直接会ったことはないけれど、彼女ならそう言ってもおかしくはないと。ディフを生み、育てた人なのだから。
「お前に『お母さん』と呼ばれるのが楽しみらしいんだ。いっぺん呼んでやってくれ」
「ああ……光栄だね。それじゃ、もうすぐ帰るよ」
少しだけ低い声で囁きかける。電話の向こうにある彼の耳に吹き込むようにして。
「愛してる」
「…………………ああ。俺も、愛してる」
応える声がほんの少し、震えていた。
可愛いな。きっと耳まで赤くしているだろう。
電話を切ってから気づいた。
ディフは父親のことには一言も触れてはいなかった、と。警察を辞めて以来、何となく疎遠になっていると感じてはいたが……。
開放的なサンフランシスコと比べてテキサスは伝統を重んじる。全ての男は強くあれ、そして女を娶れと。
少しだけ胸が重くなった。
また、自分はディフを彼の父親から遠ざけてしまったのかもしれない。
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